ダイヤモンド酒造とは?
ダイヤモンド酒造は、山梨県甲州市勝沼町の下岩崎(しもいわさき)にある小さなワイナリーです。ワインは「シャンテ(Chanter)」の名で出していて、日本で古くから育てられてきた白ぶどうの甲州(こうしゅう)と、黒ぶどうのマスカット・ベーリーA(Muscat Bailey A)が中心です。公式サイトは自らを「ローカルワインメーカー(田舎の地酒屋)」と呼び、「良いワインは良いぶどうから」をモットーに、勝沼町のぶどうでワインを造ると書いています。
このワイナリーは、ワインのほかにワインビネガー(ぶどう酢)も造っています。きっかけは、太平洋戦争のさなかに、ワインから酸を取り出すよう求められたことでした。
酸を抜かれたワイン
公式サイトの「ワインビネガーのはなし」によれば、戦時中、軍の求めで、ワインに含まれる酒石酸カリウム(ロッシェル塩)を差し出すことになりました。潜水艦を探す音波の装置に使うためです。山梨のワインの造り手は、ワインから酒石酸を取り出しました。酸味を失ったワインは力がなくなり、ぶどう酢になってしまったといいます。
当時の社長は対策の委員長として、そのワインの始末に奔走しました。ソースの会社などに、酸味や香りを付ける材料として納めたところ、始末が終わってからも注文が続き、ダイヤモンド酒造は本格的にぶどう酢を造るようになりました。その後、山梨県のワインセンターが研究の部署を設けて、純粋で役に立つ酢酸菌を分け出してくれたと、公式サイトは書いています。

いまの商品は「シャンテ・ワインビネガー」です。公式サイトは、ふつうの酢より酸が強く、少しの量で料理の味を引き出すと説明しています。帝国ホテルの元料理長、村上氏も手放せないと言っていた、とも書いています。
歩み
始まりは1939年(昭和14年)です。近くの農家が集まり、いまダイヤモンド酒造を営む家の屋敷の中で、自分たちが飲むためのワインを造りました。当時の名前は「石原田葡萄酒醸造組合」です。1963年(昭和38年)、税務署の求めで、それぞれの農家が持っていた株を買い取り、株式会社ダイヤモンド酒造を設立しました。
公式サイトには、1987年に勝沼の若い醸造家が集まってつくった「勝沼ワイナリークラブ」を紹介するページもあります。明治にフランスへ渡った土屋龍憲と高野正誠の思いを受け継ぎ、ぶどうの栽培とワイン造りを通して町づくりを進めるための集まりだと書いています。
公式サイトは、使ったぶどうの品種をボトルに書くこと、マスカット・ベーリーAだけでワインを造ること、果汁を皮と一緒にしばらく置くスキンコンタクトや、発酵を終えたワインを澱(おり)の上で寝かせるシュール・リーに取り組んできたことを挙げています。スキンコンタクトについては、ぶどうの皮の裏側がいちばん甘くて風味がある、と自分たちの言葉で説明しています。
販売店の説明によれば、いまワイン造りの中心にいるのは雨宮吉男で、フランスのボルドー大学で1年学んだあと、ブルゴーニュの醸造家のもとで修業した人です。
代表的なワイン
山梨県の観光サイトは、代表的な銘柄として、マスカット・ベーリーAの赤ワイン「Ycube」、甲州の白ワイン「シャンテワイン甲州」、赤ワインの「Huit(ユイット)」を挙げています。以下の味わいは、販売店の説明によるものです。
シャンテ Y.A 甲州 下岩崎は、ワイナリーのある下岩崎地区の甲州をシュール・リーで仕込んだ辛口の白ワインです。色は濃いめの麦わら色で、南国の果物のような香りのあとに柑橘の香りがあります。口当たりはなめらかで、上品な酸と樽の香りが重なるとされています。
シャンテ Y.A ますかっと・べーりーA Ycubeは、韮崎市の穂坂地区の二人の契約農家が育てたマスカット・ベーリーAだけで造る赤ワインです。ラズベリーの香りに、樽からくるビターチョコやカカオの香りが重なり、きれいな酸と、ほどよい渋みが続きます。すき焼きやハンバーグ、しょうゆを使ったソースの料理が挙がっています。
シャンテ Y.A petit diX(プティ・ディス)は、契約栽培の畑のなかで最も標高の高い畑のマスカット・ベーリーAで造った特別なワインで、2020年は920本だけでした。
調査時点(2026年11月3日)に販売店の通販で確認できた税込価格は、シャンテ Y.A 甲州 下岩崎(2023年、750ミリリットル)が2,200円、ますかっと・べーりーA Ycube(2020年、同)が3,300円、petit diX(2020年、同)が5,500円でした。いずれも売り切れの表示でした。





