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フラッパート

フラッパートのワイン一覧


フラッパートとは?

フラッパート(Frappato)は、イタリア南端の島シチリアの南東、ラグーザ県のヴィットーリア(Vittoria)の町のまわりで育つ黒ぶどうです。色の淡い、花と赤い果実の香りがする赤ワインになります。島でいちばん多く植えられている黒ぶどう、ネロ・ダーヴォラ(Nero d’Avola)と合わせると、シチリアでただ一つのDOCG、チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリア(Cerasuolo di Vittoria)になります。

いまはネロ・ダーヴォラの相棒として名前が出ることの多いぶどうですが、200年ほど前のヴィットーリアでは、こちらが主役でした。1808年にこの地方を旅した聖職者パオロ・バルサモ(Paolo Balsamo)は、旅の記録にこう書いています。チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアの保護協会が、サイトに引いている一節です。

ヴィットーリアの田園は……とりわけワインを産し、その評判は高い。私の考えでは、島じゅうの食事のワインのなかで最もよいものとみるべきだろう。グロッソネーロとカラブレーゼのほかにはほとんど混ざっておらず、何よりも多いのはフラッパートである。

カラブレーゼ(Calabrese)は、ネロ・ダーヴォラの国の品種登録簿での正式な名前です。いまのチェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアでは、フラッパートは3〜5割と決まっています。畑の広さも、アデレード大学の品種別データベースではネロ・ダーヴォラのおよそ2万ヘクタールに対して、フラッパートは800ヘクタールあまりです(どちらも2020年の値)。


どこで育てられているか

イタリアのワイン情報サイト、クアットロカリチ(Quattrocalici)によれば、フラッパートはほとんどがシチリアの南東で育てられていて、中心はラグーザ県のヴィットーリア、アカーテ(Acate)、コミゾ(Comiso)です。シラクーザ県と、隣のカルタニッセッタ県にも少しあり、島の外ではごくまれにしか見られません。

ヴィットーリアは、1607年に生まれた新しい町です。モーディカ伯領を治めていたヴィットーリア・コロンナ(Vittoria Colonna)が、移り住む人に土地を与えて町をつくりました。ワインの決まりの文書によれば、土地を与える条件は、もう1ヘクタールをぶどう畑にすることでした。保護協会によれば、人々はシチリアの60を超える町や、本土のカラブリア、マルタから集まり、それぞれ自分たちのぶどうを持ってきました。

保護協会は、この土地の景色を、なだらかに海へ下りていく平地と、砂丘のあいだに続く白い石垣、古いオリーブやイナゴマメの木の立つ丘として描いています。夏はほとんど雨が降りません。決まりの文書によれば、6月から8月の雨は、海沿いでは平均1ミリほどです。

19世紀の終わり、害虫の被害でぶどう畑がだめになり、フランスとの通商の争いも重なって、この土地のワインづくりは崩れました。保護協会は、そのあとの畑はトマトなどの野菜に置き換わり、ワインがよみがえるまでに1世紀かかったと書いています。

上空から見た平野。小さな畑の区画が一面に広がり、その多くを白っぽいビニールハウスが覆っている。中央の奥に町が見える
ヴィットーリアの近くの平野を上空から見たところ。畑の多くをビニールハウスが覆っているRa Boe / Wikipedia / CC BY-SA 3.0 DE / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

フラッパートがどこから来たのかも、資料によって言うことが違います。保護協会は、ヴィットーリアの生まれである見込みが高く、17世紀からこの町で育てられていた、と書いています。イタリア語版のウィキペディアは、確かな記録は18世紀からで、起源は分からず、イベリア半島から来た可能性もあると書いています。2008年に発表されたイタリアの研究所の遺伝子の研究では、フラッパートはサンジョヴェーゼ(Sangiovese)と親子の関係にあることが示されました。ただ、どちらが親でどちらが子なのかは決められていません。同じ研究は、エトナのネレッロ・マスカレーゼ(Nerello Mascalese)もサンジョヴェーゼと親子の関係にあると示しています。


フラッパートが主役のワイン

DOCとDOCGは、産地や造り方が国の決まりで定められたイタリアの原産地呼称で、DOCGはそのうち生産の条件がもっとも厳しい区分です。表は、主な呼称と、使うフラッパートの割合です。

ワインどんなワインかフラッパートの割合
チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリア(DOCG)赤ワイン。ネロ・ダーヴォラが50〜70%30〜50%
ヴィットーリア(Vittoria、DOC)のロッソ赤ワイン。チェラスオーロと同じ組み合わせ30〜50%
ヴィットーリア(DOC)のフラッパート赤ワイン85%以上
エローロ(Eloro、DOC)のフラッパート赤ワイン90%以上
シチリア(Sicilia、DOC)のフラッパート赤ワイン、ロゼワイン、スパークリングワイン85%以上

クアットロカリチによれば、「チェラスオーロ」は、このワインのさくらんぼのような赤い色にちなむ名前です。二つのぶどうの組み合わせについて、決まりの文書は「この地方にしかない」と書き、1808年のバルサモと、1812年にフィレンツェ出身のドメニコ・セスティーニ(Domenico Sestini)が残したヴィットーリアのワインの記述に、どちらのぶどうも出てくるとしています。

19世紀のヴィットーリアのワインは、町の外港のスコッリッティ(Scoglitti)から船で運ばれました。保護協会によれば、ヴィットーリアやスコッリッティの名で売られ、長い船旅に耐えること、赤い泡、香りのよさで知られていたといいます。1885年6月の記録には、マルセイユへ送る樽を積んだ荷車が、毎日1,500台もスコッリッティへ向かったとあるそうです。

白い大きな石を積んだ防波堤が、青く澄んだ海に沿って先の灯台まで延びている
スコッリッティの港の防波堤。かつてヴィットーリアのワインはここから船で運ばれたMdeVicente / CC0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

収穫は、ネロ・ダーヴォラより少し遅れます。エローロの決まりの文書によれば、ネロ・ダーヴォラが9月の中ごろから摘まれるのに対して、フラッパートは9月の下旬からです。


どんなワインになるか

チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアの保護協会は、フラッパートのワインを、色は淡く、花と果実の香りがはっきりしていて、スパイスの香りもある、と書いています。口に含むと中くらいの厚みで、タンニン(渋み)は釣り合いがとれていて、みずみずしく、とても繊細だとしています。

クアットロカリチは、色を明るいルビー色から中くらいのルビー色で、紫がかった輝きがあるとし、バラやスミレ、ラズベリー、野いちご、ざくろの香りに、軽いスパイスとハーブの香りが重なると書いています。果汁はタンニンが少なく、酸と香りの成分が多いぶどうです。香りと軽さを保つため、ほとんどがステンレスのタンクで、皮を漬ける時間を長くしすぎずに仕込まれます。口当たりはするすると軽く、酸が生き生きとしていて、渋みはやわらかだとしています。

ヴィットーリアのフラッパートは、決まりの文書では、色はルビー色で濃さには幅があり、果実から花へ移る強い香りがあって、辛口で渋みはほどよい、とされています。シチリアDOCのフラッパートには、辛口から、ほんのり甘い「アッボッカート(abboccato)」までが認められています。

チェラスオーロ・ディ・ヴィットーリアでは、色はさくらんぼ色から紫がかった色まであり、香りは花から果実へ移っていきます。クアットロカリチは、骨格と深みを与えるのがネロ・ダーヴォラ、みずみずしさと花の香りを与えるのがフラッパート、と二つの役目を書き分けています。


フラッパートに合わせる食事

クアットロカリチは、ヴィットーリアのフラッパートに合う料理として、肉を使ったパスタなどの最初の皿、焼いた肉やグリルした肉、中くらいに熟成させたチーズを挙げています。

ラグーザ県のチーズでは、ラグザーノ(Ragusano)があります。イタリア語版のウィキペディアによれば、牛乳を練って伸ばしてつくる半硬質のチーズで、ヴィットーリアを含む県内の町で搾った牛乳を使います。かつてはカチョカヴァッロ・ラグザーノ(caciocavallo ragusano)と呼ばれていました。カヴァッロは「馬」のことで、縄に馬乗りにさせるように吊るして熟成させるところから来た名前です。1808年のバルサモも、モーディカのチーズとリコッタのよさを書き残しています。

直方体の大きなチーズがいくつも積み重ねられ、表面に文字の刻印が押されている。後ろは店の冷蔵の売り場
四角いラグザーノ。表面に文字の刻印が押されているPopaitaly / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

日本の食卓で試すなら、ひき肉のソースのパスタ、鶏や豚のグリル、熟成させたカチョカヴァッロが、地元の料理に近い組み立てです。