Vino Storia

ワインのお話

バルベーラ

バルベーラのワイン一覧


バルベーラとは?

バルベーラ(Barbera)は、イタリア北西部のピエモンテ州で育ってきた黒ぶどうで、辛口の赤ワインになります。ピエモンテの保護協会は、このぶどうの特徴を、酸が多く、色のもとになる色素(アントシアニン)が豊かで、渋みのもとになるタンニンは少ない、と説明しています。若いうちに飲む軽いものや弱い発泡のものから、樽でねかせて長く保つものまで、幅の広いワインがこのぶどうからつくられます。

名前が記録に出てくるのは16世紀のはじめです。保護協会によれば、1512年のキエーリ(Chieri)の町の土地台帳に、このぶどうがあったことが書かれています。丘一帯にすぐに広まり、農家が自分たちで飲むためのワインになりました。毎日の暮らしの中で飲まれてきたことが、このワインのいちばん深い個性だ、と協会は書いています。アスティのあたりでは、バルベーラは昔からいちばん多くつくられてきたワインで、この土地の農家の気質をいちばんよく表すものとされます。

葉と枝、青黒い房を描いた19世紀の彩色の版画。下に「Uva Barbera」と書かれている
19世紀前半の果樹図譜『ポモーナ・イタリアーナ(Pomona Italiana)』に描かれたバルベーラGiorgio Gallesio『Pomona Italiana』 / Public domain / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

一方で、遠くまで評判の届いたワインでもありました。ニッツァ・モンフェッラート(Nizza Monferrato)の町の文書館には、1609年の手紙が残っているとされます。その年、この土地に使いが送られ、「バルベーラのワイン」を味見して、殿下のために正当な値で買い付けるよう命じられていました。バルベーラの評判が、マントヴァの公爵の宮廷まで届いていた証しとされる手紙です。

20世紀には、農家の日常のワインを上等なワインに変えようとした人がいました。その中心の一人が、この手紙を見つけたアルトゥーロ・ベルサーノ(Arturo Bersano)だったとされます。保護協会は、1980年代に入って、品質を上げようとする生産者たちが畑と醸造所の両方で手を尽くし、バルベーラ・ダスティを立て直したと書いています。

最初の記録の年は、資料によって少しずれます。保護協会は1512年とし、イタリア語版ウィキペディアは同じキエーリの土地台帳を1514年としています。


どこで育てられているか

いちばん多く植わっているのは、ピエモンテ州の南東、アスティ(Asti)県とアレッサンドリア(Alessandria)県にまたがるモンフェッラート(Monferrato)の丘です。アスティのあたりは、高さ150〜400メートルほどの低い丘が続く土地です。気候は温暖からやや暑く、風は弱く、雨は年に700ミリほどです。かつて海が退いたあとに削られてできた丘で、北と南には貝の化石が見つかる白い土が、タナロ川(Tanaro)の両側には海の砂が積もった土が広がります。

ゆるやかな丘の斜面を埋めるぶどう畑と点在する農家。遠くに雪をかぶったアルプスの山並みと、とがったモンヴィーゾ山が見える
ニッツァの産地に入るサン・マルツァーノ・オリヴェート(San Marzano Oliveto)の丘。遠くにアルプスのモンヴィーゾ山(Monviso)が見えるGerald Smith(Piedmont Properties) / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

イタリア全体の栽培面積は、アデレード大学のデータベースが引く2020年の値で、およそ1万7,000ヘクタールです。黒ぶどうでは、サンジョヴェーゼ、モンテプルチャーノ、ネーロ・ダーヴォラに次ぐ広さです。同じデータベースの2010年の値は2万ヘクタールあまりでした。保護協会は、ピエモンテのぶどう畑4万3,000ヘクタールのおよそ3割がバルベーラだとしています。

ピエモンテの外では、隣のロンバルディア州のオルトレポ・パヴェーゼ(Oltrepò Pavese)や、エミリア=ロマーニャ州のピアチェンツァの丘でも大切な品種です。協会は、海の向こうのカリフォルニアや南米でも育てられていると書いています。国の品種登録簿に、別名(シノニム)は登録されていません。


バルベーラが主役のワイン

産地と品種、造り方の条件を満たしたワインだけが名乗れる名前を、原産地呼称といいます。イタリアではDOCとDOCGがそれにあたり、DOCGは条件がより細かく定められています。バルベーラの場合、品種の名前がそのまま呼称の名前に入っているものが多くあります。

  • バルベーラ・ダスティ(Barbera d’Asti)DOCG — アスティ県とアレッサンドリア県の丘。バルベーラが9割以上で、残りはピエモンテで栽培が認められた、香りの強くない黒ぶどうです。スペリオーレ(superiore)は14か月以上ねかせ、そのうち6か月以上は樽に入れます
  • ニッツァ(Nizza)DOCG — ニッツァ・モンフェッラートを中心とするアスティ県の18の村。バルベーラだけでつくります。18か月以上ねかせ、うち6か月以上は樽。リゼルヴァ(riserva)は30か月以上です
  • バルベーラ・デル・モンフェッラート・スペリオーレ(Barbera del Monferrato Superiore)DOCG — バルベーラが85%以上で、フレイザ(Freisa)、グリニョリーノ(Grignolino)、ドルチェット(Dolcetto)を15%まで混ぜられます
  • バルベーラ・ダルバ(Barbera d’Alba)DOC — アルバの街のまわりで、バローロ村やバルバレスコ村も範囲に入ります。バルベーラが85%以上で、混ぜてよいのはネッビオーロだけです
  • オルトレポ・パヴェーゼ(Oltrepò Pavese)DOC — ロンバルディア州。バルベーラの名で出すものは85%以上です
  • グットゥルニオ(Gutturnio)DOC — エミリア=ロマーニャ州のピアチェンツァの丘。バルベーラ55〜70%に、地元でボナルダ(Bonarda)と呼ばれるクロアティーナ(Croatina)を合わせます

2014年の時点では、ニッツァはバルベーラ・ダスティ・スペリオーレの中の一地区の名前でした。いまは独立した呼称で、生産者たちは少しでもほかの品種を混ぜると土地の個性が損なわれるとして、バルベーラだけを使うことを選んだといいます。


どんなワインになるか

バルベーラ・ダスティの色はルビーで、ねかせるとガーネットに寄っていきます。香りは強く、味わいは辛口で厚みがあり、熟成させるとまとまりが出てきます。アルコール分は12%以上で、スペリオーレは12.5%以上、ニッツァは13%以上です。

ニッツァの色は濃いルビーで、香りにはベリーのような森の小さな果実、さくらんぼ、プラム、軽いスパイス、ときに花を感じます。樽で熟成させると、カカオや甘草、バニラなどの香りが加わります。バルベーラらしい酸は、醸造と熟成のあいだにやわらいでいきます。

色づきはじめた葉のあいだに下がる、青黒い粒が密についたバルベーラの房
バルベーラの房。粒は青みがかった黒で、房は粒が詰まっているDoris Schneider, Julius Kühn-Institut (JKI) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

同じバルベーラ・ダスティでも、土によって違いが出るとされます。石灰分の多い白い土からは、色が濃くて力強く、長く保つワインが生まれます。タナロ川沿いの砂の土からは、赤い果実の香りが立ち、酸がおだやかで、早く飲みごろになるワインが生まれます。

アルバのバルベーラ・ダルバは、色がルビーで、果実の香りがあり、味は辛口でサピド(sapido)です。サピドは日本語にしにくい語で、「味がしっかりある」という意味で使われます。バルベーラ・デル・モンフェッラートDOCには、弱い発泡のフリッツァンテ(frizzante)も認められていて、辛口のほかに、ほのかに甘いものもあります。


バルベーラに合わせる食事

イタリア政府観光局は、ピエモンテで味わいたい料理として、まずバーニャ・カウダ(bagna cauda)を挙げています。アンチョビとオリーブオイル、にんにくでつくる温かいソースに、ピーマンやキャベツ、ニッツァ・モンフェッラートの名産のカルド・ゴッボ(cardo gobbo)という野菜を浸して食べます。

同じ観光局の案内には、レバーや胸腺、仔牛の肉からアマレッティ(amaretti)という焼き菓子までを揚げて盛り合わせるフリット・ミスト(fritto misto)や、ゆでた肉にパセリ・にんにく・アンチョビ・パン・酢・オリーブオイルでつくる緑のソース、バニェット・ヴェルデ(bagnet verd)を添える料理も出てきます。保護協会は、バルベーラ・ダスティのスペリオーレを、肉料理や、獣や鳥のジビエ、熟成したチーズや青かびのチーズに合わせるとしています。

日本の食卓で試すなら、にんにくとアンチョビを効かせたソースで食べる温野菜、鶏レバーの揚げ物、ゆで豚にパセリのソースを添えたもの、熟成したチーズが、地元の料理に近い組み立てです。