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ワインのお話

ピノ・グリージョ

ピノ・グリージョのワイン一覧


ピノ・グリージョとは?

ピノ・グリージョ(Pinot Grigio)は、白ワインになるぶどうです。ただし皮の色は緑でも黄色でもなく、灰色がかった紫をしています。北東イタリアのヴェネト州、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州、トレンティーノ=アルト・アディジェ州で多く育てられ、淡い麦わら色から、ほんのり銅色を帯びたものまで、色に幅のある白ワインになります。

グリージョ(grigio)は、イタリア語で「灰色」のことです。国の品種登録簿は、白ぶどうに「B」、黒ぶどうに「N」、ばら色のぶどうに「Rs」の記号を付けて分けていますが、ピノ・グリージョだけは「G」、つまり灰色に分類されています。ワイン用に登録された640ほどの品種のうち、この色が付いているのはこのぶどう一つです。

登録簿に載っている1960年の品種解説は、粒の皮を「白い粉をふいた、灰色がかった紫」と書いています。黒ぶどうのピノ・ネーロ(Pinot Nero、フランス語ではピノ・ノワール)の色が変わった変異で、国際的な品種のデータベース(VIVC)は、遺伝子の分析でもそれが確かめられたとしています。生まれはフランスで、フランスでは「ピノ・グリ(Pinot Gris)」、ドイツでは「グラウブルグンダー(Grauburgunder)」や「ルーレンダー(Ruländer)」と呼ばれます。イタリアの登録簿は、ルーレンダーの名前をラベルに使えるのはトレントとボルツァーノの二つの県のぶどうだけ、と決めています。

緑の葉のあいだに下がる、灰色がかった紫に熟したピノ・グリージョの房がいくつも
熟したピノ・グリージョの房。皮は灰色がかった紫になる(ドイツ、ヴァインスベルク)Rosenzweig / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

どこで育てられているか

イタリアのピノ・グリージョの畑は、およそ3万5,000ヘクタールです。農業食品市場の研究機関(ISMEA)と農業支払機関(AGEA)の2025年の数字を紹介した専門サイトによれば、2005年には1万5,000ヘクタールほどだったので、20年で2倍を大きく超えて増えたことになります。アデレード大学のデータベース(Eurostat の2020年の値)では3万ヘクタールあまり、ヴェネト州の発表では、2024年の州内だけで1万5,000ヘクタールほどでした。

畑の中心は、ヴェネト、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリアの二つの州と、トレント自治県です。この三つを合わせた地域は、「トレ・ヴェネツィエ(tre Venezie=三つのヴェネツィア)」とも呼ばれます。保護協会の言葉を借りれば、「ドロミテからカルソ(Carso)まで、ガルダ湖からヴェネツィアの潟とアドリア海まで」の広い土地です。アディジェ川、ピアーヴェ川、タリアメント川、イゾンツォ川などがアルプスから平野へ流れ出し、運んできた砂や小石が積もって、おおむね水はけのよい土になりました。

北の山々が北や北東からの冷たい風をさえぎり、山と南のアドリア海が、夏と冬の暑さ寒さの極端をやわらげます。デッレ・ヴェネツィエの規定によれば、ぶどうが熟す8月と9月には、一日のうちに風の向きが変わり、昼と夜の気温の差が大きくなります。

この地域でピノ・グリージョが大きく増えたのは、20世紀の最後の20年ほどのことでした。外国での需要の高まりもあってのことで、同じ規定は、いまや国内で生産できるピノ・グリージョのおよそ85%がこの地域にある、と書いています。

フリウリでは、スロヴェニアとの国境に近いゴリツィアの丘から、コルモンス(Cormòns)、チヴィダーレ・デル・フリウリ(Cividale del Friuli)にかけて、ぶどう畑が続きます。イタリア政府観光局は、この丘で生まれるワインの最初にピノ・グリージョを挙げています。

秋の日を浴びて黄色く色づいたぶどう畑の列が、なだらかな丘の斜面に続く。遠くに林と低い山並み
ゴリツィアの丘、コッリオのオスラーヴィア付近のぶどう畑。2019年10月Cookligan / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

ピノ・グリージョが主役のワイン

主な呼称と、ピノ・グリージョの割合です。DOCは、産地や造り方が国の決まりで定められたイタリアの原産地呼称です。

ワイン州ピノ・グリージョの割合
デッレ・ヴェネツィエ(delle Venezie、DOC)ヴェネト、フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア、トレント自治県85%以上
フリウリ(Friuli、DOC)フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア85%以上
コッリオ(Collio、DOC)フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア85%以上
アルト・アディジェ(Alto Adige、DOC)トレンティーノ=アルト・アディジェ85%以上
オルトレポ・パヴェーゼ・ピノ・グリージョ(Oltrepò Pavese Pinot grigio、DOC)ロンバルディア85%以上

デッレ・ヴェネツィエは、三つの地域にまたがる広い呼称です。「デッレ・ヴェネツィエ」の名前は1977年から、地名を添えたテーブルワインの表示として使われてきました。いまはピノ・グリージョのための DOC になり、ピノ・グリージョ以外に名乗れるのは、決められた品種を混ぜた白ワインだけです。

オルトレポ・パヴェーゼは、ロンバルディア州パヴィア県の、アペニン山脈のすそにあたる丘です。ここでは品種の名前そのものが呼称に入っていて、1970年にオルトレポ・パヴェーゼの一つの種類として認められたあと、2010年に独立した DOC になりました。


どんなワインになるか

デッレ・ヴェネツィエの規定によれば、色は麦わら色から黄金色で、ときに桃色や銅色を帯びます。香りは果実を思わせて強く、花の香りがすることもあります。白い花、洋なし、青りんご、ときに南国の果物にたとえられます。味わいはみずみずしく、辛口からやや甘口まであり、このぶどうに特有の酸があります。

アルト・アディジェの規定は、香りについて「あまり目立たない、心地よい」と書き、味わいを辛口で厚みがあると書いています。同じぶどうでも、デッレ・ヴェネツィエの規定の「強い」とは、言い方がずいぶん違います。

枝から下がるピノ・グリの房。大半の粒は緑で、いくつかの粒が薄い桃色や灰色に色づき始めている
色づき始めたピノ・グリの房。緑の粒のなかに、桃色を帯びた粒がまじるOlivier Lemoine (https://Photo-Terroir.fr) / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(縮小(幅960px))

色に幅があるのは、粒の皮にもともと色素があるからです。デッレ・ヴェネツィエの規定は、ヴェネツィア共和国の時代の書きものに、すでに「ラマート(ramato=銅色の)」と「ロザート(rosato=ばら色の)」という言葉が現れると書いています。ラマートは主にいまのフリウリで、ロザートは主にヴェネトとトレンティーノで使われた言葉でした。

20世紀の終わりには、育て方や醸造の技術、株の選び方が進み、ロザートやラマートのピノ・グリージョが評判を呼ぶようになりました。規定によれば、生産者はこうしたワインのために、土の深い畑を選び、房がよく日に当たる仕立て方を使ってきたといいます。

ただしデッレ・ヴェネツィエでは、ラマートは別の種類のワインではありません。保護協会は、ピノ・グリージョは一つの種類だけで、銅色や桃色はラベルに色の説明として小さく書ける、と説明しています。フリウリやトレンティーノの規定も、ピノ・グリージョの色に「銅色」を挙げ、コッリオやオルトレポ・パヴェーゼの規定は、銅色の輝きやわずかな銅色を認めています。


ピノ・グリージョに合わせる食事

デッレ・ヴェネツィエの規定は、トレヴィーゾとヴェネツィアのワインの歴史をまとめた本を引いて、ラマートやロザートのピノ・グリージョには、チーズ、生ハム、サラミなどの加工肉、白い肉を茹でた料理が勧められる、と書いています。

フリウリで生ハムといえば、サン・ダニエーレ(San Daniele)です。イタリア政府観光局はこの町を「生ハムの王国」と呼び、近くのファガーニャ(Fagagna)のチーズも名物に挙げています。コルモンスでは、オーストリアやハンガリー、スロヴェニアの影響を受けた料理が食べられるといいます。

日本の食卓で試すなら、生ハムとチーズの盛り合わせや、鶏肉を茹でた料理に、銅色のピノ・グリージョを合わせる組み立てが、地元の勧めに近い形です。

「LE VIGNE DI ZAMÒ」「FRIULI」「PINOT GRIGIO」と書かれたラベルの白ワインのボトルが、棚にずらりと並ぶ
フリウリのピノ・グリージョ。生産者レ・ヴィーニェ・ディ・ザモのボトルNaturpuur / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)