Vino Storia

ワインのお話

レオーネ・デ・カストリス

レオーネ・デ・カストリスのワイン一覧


レオーネ・デ・カストリスとは?

レオーネ・デ・カストリス(Leone de Castris)は、イタリア半島の「かかと」にあたるプーリア州の南部、サレント(Salento)地方の生産者です。蔵はサレント半島の北西部、レッチェ(Lecce)の北にある小さな町、サリーチェ・サレンティーノ(Salice Salentino)にあります。プーリアのぶどうだけを使い、赤ワイン・白ワイン・ロゼワインをつくっています。畑では、この土地の黒ぶどうネグロアマーロ(Negroamaro)をはじめとする昔からの品種に、シャルドネなどが加わっています。

この家の名前を広めたのは、「ファイヴ・ローゼズ(Five Roses)」というロゼワインです。会社の説明では、第二次世界大戦のさなかの1943年、アメリカの将校の注文をきっかけに生まれました。イタリアで初めて瓶に詰めて売られたロゼワインだともしています。


畑のある土地

サレントは東をアドリア海、西をイオニア海に挟まれた細長い半島です。サリーチェ・サレンティーノの呼称の決まりの文書は、町のまわりを、ぶどう畑とオリーブ畑が広がり、大きな農場と古い見張りの塔が点在する土地として描いています。半島の内陸にあたるこのあたりの土は、深く、石灰を含んだ粘土質のものが多く、半島の南のほうでは、それより浅く赤みを帯びた土が多いと書かれています。

耕したばかりの赤みを帯びた土に、葉の出る前の低い株が支柱と針金に沿って並び、奥に白い石造りの建物とオリーブの木が見える
サリーチェ・サレンティーノから南へ25キロほど、ガラトーネ近くの畑。赤みを帯びた土に、低く仕立てた株が並ぶ(2006年4月)Meliorfoto / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons

レオーネ・デ・カストリスの畑は、レッチェ、ブリンディジ(Brindisi)、バーリ(Bari)、ターラント(Taranto)の4県にあります。公式サイトの「畑」のページによれば、1600年代には5,000ヘクタールほどあった農地が、1950年代の初めまでは2,000ヘクタールを超えていました。相続による分割と農地改革で減り、ぶどう畑はおよそ300ヘクタールになっています。2026年4月の会社の発表では、ぶどう畑は250ヘクタールほどとされていて、数字は資料によって少し違います。


歩み

会社の説明では、蔵の始まりは1665年です。スペインのレモス伯家の一員が、肥えたこの土地に惹かれて蔵を開き、のちに本国の財産の一部を売って、サレントの土地を買い広げたといいます。19世紀の初めには、瓶に詰めないままのワインをアメリカやドイツ、フランスへ送っていました。

瓶に詰めて売るようになったのは1925年です。ピエロ・レオーネ・プランテラ(Piero Leone Plantera)と妻のリゼッタ・デ・カストリス(Lisetta de Castris)が瓶詰めを始め、レオーネ・デ・カストリスという名前の銘柄が生まれました。

1943年、プーリアは連合軍の占領下に入りました。会社の説明によれば、連合軍の補給を担当していたチャールズ・ポレッティ(Charles Poletti)が、ロゼワインを大量に注文しました。条件は、イタリアのワインでありながら、名前はアメリカ風であることでした。

名前はすぐに見つかります。サリーチェ・サレンティーノの領地には「チンクエ・ローゼ(Cinque Rose=5本のバラ)」と呼ばれる地区があり、注文のロゼワインのぶどうもそこから来ていました。地区の名前は、一家に代々、きまって5人の子どもが生まれたことに由来すると伝えられています。チンクエ・ローゼを英語にして、ファイヴ・ローゼズになりました。

英国の業界誌ザ・ドリンクス・ビジネス(The Drinks Business)によれば、最初のファイヴ・ローゼズは主にネグロアマーロで、残りをマルヴァジーア・ネーラ(Malvasia Nera)という黒ぶどうでつくりました。アメリカ軍向けに買い上げられて配られ、瓶は茶色いビール瓶でした。

会社はポレッティを「将軍」と呼んでいますが、本人は軍に入る前にニューヨーク州の副知事を務め、ひと月ほど知事も務めた人です。軍では占領地の行政を担う将校として働き、大佐で退役しています。

1954年の収穫からは、ピエロと息子のサルヴァトーレ(Salvatore)が「サリーチェ」という赤ワインを出しました。サリーチェ・サレンティーノの呼称の決まりは、1930年代からこの地域の生産者がネグロアマーロとマルヴァジーア・ネーラで赤ワインとロゼワインをつくり、それが国内外で認められて、1976年に呼称ができたと書いています。会社の資料には、呼称ができたのを1970年代の初めとするものと、1971年とするものがあります。いまは孫のピエルニコラ(Piernicola)が経営を率いています。


代表的なワイン

銘柄のあとの括弧は、ラベルに書かれる原産地呼称です。DOCはイタリアの原産地呼称で、産地や造り方が国の決まりで定められています。IGTはそれより広い範囲と緩い条件で名乗れる地理的表示です。

ファイヴ・ローゼズ(Salento IGT)は、主にネグロアマーロでつくるロゼワインです。色は透きとおった桃の花の色で、さくらんぼや野いちごの香りがします。口当たりは爽やかでやわらかく、心地よい余韻が残ります。会社は、リゾットや魚料理、白身の肉のほかに、サレントの「フリーザ(frisa)」と合わせるよう勧めています。フリーザは固く焼いたパンで、生のトマトなどをのせて食べます。

50° ヴェンデミア(50° Vendemmia)(Salice Salentino DOC Riserva)は、1954年に始まった赤ワインの今の姿です。2004年の収穫から、ラベルに「50° ヴェンデミア(50回目の収穫)」と入るようになりました。ネグロアマーロでつくり、色は濃く、ガーネットの色合いを帯びています。ブラックベリーや酸味のあるさくらんぼの香りに、バジルや甘いスパイスの香りが重なり、口当たりはやわらかく、渋みはしっかりしていながら出すぎません。合わせる料理には、肉のローストや熟成したチーズが挙がっています。

ほかに、プリミティーヴォ(Primitivo)でつくるヴィッラ・サンテーラ(Villa Santera)(Primitivo di Manduria DOC)があります。紫がかった濃い赤ワインで、プラムやサワーチェリー、しょうが、バニラの香りがあり、口当たりは温かく豊かです。

調査時点(2026年10月6日)に楽天市場で確認できた750ミリリットルの価格は、ファイヴ・ローゼズとサリーチェ・サレンティーノのリゼルヴァが3,000円前後、ヴィッラ・サンテーラが3,400円ほどでした。


訪ねるには

淡い色の石造りの建物の正面に、筆記体で「Leone de Castris」の文字が掲げられ、アーチ形の大きな木の扉があり、右奥に角張った塔が見える
サリーチェ・サレンティーノの醸造所の正面。壁に「Leone de Castris」の文字が掲げられている(2007年4月)Edoardo Nannotti / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

醸造所はサリーチェ・サレンティーノにあり、公式サイトに見学の予約ページがあります。調査時点(2026年10月6日)では、ページの文面から料金や時間を確かめることはできませんでした。敷地には2009年に開いたワイン博物館があり、古い農具や瓶詰めの機械、1943年のファイヴ・ローゼズのラベルなどが並んでいます。会社は一般に公開しているとしています。町には会社のワインホテルと、その中のレストランもあり、公式サイトによれば、どちらの海岸へも数キロの距離です。条件は変わるため、訪ねる前に公式の連絡先で確かめてください。