Vino Storia

ワインのお話

マルケージ・アンティノリ

マルケージ・アンティノリのワイン一覧


マルケージ・アンティノリとは?

マルケージ・アンティノリ(Marchesi Antinori)は、トスカーナ州フィレンツェのワインの家です。マルケージは「侯爵家」という意味で、一家はフィレンツェの中心に館を構え、キャンティ・クラシコ(Chianti Classico)の丘をはじめ、イタリアの内外に農園を持っています。

この家の名前を広く知らせたのは、ティニャネッロ(Tignanello)という一枚の畑から生まれた赤ワインです。1970年代のはじめ、家業を任されていたピエロ・アンティノリ(Piero Antinori)は、この畑のワインをキャンティ・クラシコとして出すのをやめ、決まりの外で売り出しました。その後、決まりのほうが変わり、ピエロ自身が「いまのティニャネッロはキャンティ・クラシコの条件を満たしている」と話すようになりました。それでもこのワインは、元の名前には戻っていません。


畑のある土地

ティニャネッロの農園は、フィレンツェの南、グレーヴェ川(Greve)とペーザ川(Pesa)の谷にはさまれた、なだらかな丘の上にあります。広さは300ヘクタールあまりで、ぶどう畑はその半分ほど、オリーブの林もあります。

曇り空の下、丘の斜面いっぱいに黄葉しかけたぶどうの列が並び、丘の上に糸杉に囲まれた館と農家が建っている
メルカターレ・ヴァル・ディ・ペーザ近くの丘。キャンティ・クラシコの畑と糸杉(2009年)Vignaccia76 / CC BY 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

畑は標高350メートルから400メートルの南西向きの斜面にあり、昼は暑く、夜は涼しくなります。土は、大昔に海の底にたまった泥灰土(粘土を含む石灰質の土)からできていて、アルベレーゼ(alberese)と呼ばれる硬い石灰岩や、ガレストロ(galestro)と呼ばれる崩れやすい粘土質の岩が混じります。同じ斜面のなかで、いちばん日当たりのよい区画がソライア(Solaia)の畑です。

農園の歴史は14世紀までさかのぼると、アンティノリ家は説明しています。17世紀にはメディチ家の分家が持ち、「フォンテ・デイ・メディチ(メディチの泉)」と呼ばれました。アンティノリ家が手に入れたのは19世紀の半ばです。1892年に出た地元の案内書は、この農園を、町じゅうでもっとも高く、もっとも絵になる場所のひとつと書いています。

木々に囲まれた浅い川に低い堰があり、水が幅いっぱいに流れ落ちている。手前の岸には丸い石が並ぶ
バルジーノ近くを流れるペーザ川。ティニャネッロの丘は、この谷とグレーヴェ川の谷のあいだにある(2015年6月)LigaDue / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

歩み

アンティノリ家は、1385年にジョヴァンニ・ディ・ピエロ・アンティノリ(Giovanni di Piero Antinori)がフィレンツェのワイン商の組合に加わったことを、家業の始まりとしています。1506年には、いまも一家の名で呼ばれる館をフィレンツェに買いました。

ティニャネッロの話は1970年に始まります。ピエロはこの畑のぶどうだけを別に仕込み、「キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ・ヴィニェート・ティニャネッロ(ティニャネッロの畑のキャンティ・クラシコ・リゼルヴァ)」として出しました。このときは、サンジョヴェーゼ(Sangiovese)にカナイオーロ(Canaiolo)を2割、白ぶどうのトレッビアーノ(Trebbiano)とマルヴァジーア(Malvasia)を5パーセント混ぜていたと、一家は書いています。

当時のキャンティの決まりは、赤ワインに白ぶどうを混ぜることを求めていました。ピエロは2013年のインタビューで、もとは渋い赤ワインをやわらげるためにマルヴァジーアを入れていたのが、やがて安く育てやすいトレッビアーノに置き換わり、1960年代には3割近くも入るようになったと振り返っています。ピエロは白ぶどうを外し、大樽の代わりに新しい小さな樽(バリック)で寝かせました。そのため、このワインはキャンティ・クラシコを名乗れなくなります。

一家は、1971年に収穫した分から「ティニャネッロ」の名前で、トスカーナのテーブルワイン(ワインの区分でいちばん下のもの)として出したとしています。発売は1974年で、ラベルには、ピエロを信じて任せた父ニッコロ(Niccolò)の署名が入りました。白ぶどうを完全に外したのは1975年に収穫した分から、カベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)とカベルネ・フラン(Cabernet Franc)を少し加えるいまの配合に落ち着いたのは1982年からです。

テーブルワインなのに、キャンティ・クラシコより高い値が付いたこのワインは、イタリアの内外で評判になりました。こうして決まりの外で生まれたトスカーナの赤ワインは、英語圏では「スーパータスカン(Super Tuscan)」と呼ばれています。ピエロは1975年、決まりに抗議して生産者の協会を抜けました。

その後、キャンティ・クラシコの決まりは何度も改められ、いまは白ぶどうを入れられず、サンジョヴェーゼを8割以上使えば、カベルネも加えられます。ピエロは2012年に協会へ戻りましたが、翌年のインタビューでこう話しています。

いまのティニャネッロは、キャンティ・クラシコの条件をすべて満たしている。それでも象徴的なワインだから、これからもただのティニャネッロのままだ。

いまはピエロの3人の娘、アルビエーラ(Albiera)、アッレグラ(Allegra)、アレッシア(Alessia)が26代目として家業を担っています。


代表的なワイン

ティニャネッロ(Toscana IGT)は、サンジョヴェーゼを主に、カベルネ・ソーヴィニヨンとカベルネ・フランを少し合わせた赤ワインです。IGT(地理的表示)は、トスカーナ州の中でつくればよい広い範囲の表示です。出来のよい年にしかつくらず、1970年代から2000年代にかけて7回、つくらなかった年があります。2023年の公式の説明では、色は濃いルビー、熟したさくらんぼやざくろ、オレンジの香りに、ハイビスカスやすみれが重なり、渋みはなめらかで、余韻にはブラッドオレンジと焼いたヘーゼルナッツが残るとしています。

ソライア(Solaia, Toscana IGT)は、同じ斜面のソライアの畑から、カベルネ・ソーヴィニヨンを主につくる赤ワインです。1978年に収穫した分が最初で、はじめはカベルネだけでしたが、のちにサンジョヴェーゼを2割ほど加えるようになりました。ピエロは、カベルネは世界中でつくられているので、トスカーナらしさを持たせたかったと話しています。

同じ農園からは、マルケーゼ・アンティノリ キャンティ・クラシコ・リゼルヴァ(Chianti Classico DOCG Riserva)も出ています。手に取りやすいのは、別の農園のぶどうでつくるペポリ(Pèppoli, Chianti Classico DOCG)です。

調査時点(2026年10月6日)に楽天市場で確認できた750ミリリットルの価格は、ペポリの2024年が2,000円台後半から3,000円台、マルケーゼ・アンティノリのリゼルヴァ2022年が6,000円前後、ティニャネッロの2022年が1万8,000円から2万4,000円ほど、ソライアの2021年が4万8,000円から5万8,000円ほどでした。


訪ねるには

ティニャネッロの農園には、見学の案内がありません(2026年10月6日時点)。見学を受け入れているのは、同じサン・カシャーノ・イン・ヴァル・ディ・ペーザの町のバルジーノ(Bargino)に2012年に開いた醸造所「アンティノリ・ネル・キャンティ・クラシコ(Antinori nel Chianti Classico)」です。

公式サイトによれば、いちばん短い「ティナイア・ツアー(Tinaia Tour)」は他の客と一緒に回る1時間半ほどの見学で、3種類のワインの試飲で終わります。料金は大人1人50ユーロで、予約して申し込みます。見学は4月から10月は毎日、11月から3月も毎日受け付けていますが、時間は季節で変わります(いずれも2026年10月6日時点)。混雑や催しのときは予約のない入場が制限されることがあるので、訪ねる前に公式の案内を確認してください。