Vino Storia

ワインのお話

トスカーナ

手前に銀色がかった葉のオリーブの木が並び、その向こうに背の高い糸杉が立つ。先には緑の畑と点在する農家、なだらかな丘が重なり、奥の山の頂に小さな建物が見える。空は晴れている
2月のヴァル・ドルチャ。オリーブと糸杉のあいだから見た丘と畑Albarubescens / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)
フィレンツェリグーリア海ティレニア海1 ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ12 カルミニャーノ23 キャンティ34 キャンティ・クラシコ45 エルバ・アレアティコ・パッシート56 モンテクッコ・サンジョヴェーゼ67 モレッリーノ・ディ・スカンサーノ78 スヴェレート89 ヴァル・ディ・コルニア・ロッソ910 ヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ1011 ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノ11
名前になっている村 地域の名前の呼称。生産規定が挙げる村をまとめた範囲のなかほど 点が重なるところは少しずらし、元の位置へ線を引いています。 地図: Istat(CC BY 4.0・加工あり)
  1. ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ Brunello di Montalcino
  2. カルミニャーノ Carmignano
  3. キャンティ Chianti
  4. キャンティ・クラシコ Chianti Classico
  5. エルバ・アレアティコ・パッシート Elba Aleatico Passito
  6. モンテクッコ・サンジョヴェーゼ Montecucco Sangiovese
  7. モレッリーノ・ディ・スカンサーノ Morellino di Scansano
  8. スヴェレート Suvereto
  9. ヴァル・ディ・コルニア・ロッソ Val di Cornia Rosso
  10. ヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ Vernaccia di San Gimignano
  11. ヴィーノ・ノビレ・ディ・モンテプルチャーノ Vino Nobile di Montepulciano

丘が続く内陸

イタリアの中部、ティレニア海に面した州で、フィレンツェ(Firenze)、シエナ(Siena)、ピサ(Pisa)はどれもこの州の街です。州の内陸にはなだらかな丘が続き、ぶどう畑とオリーブ畑が広がります。東の縁にはアペニン山脈が走り、南西の海沿いにはマレンマ(Maremma)と呼ばれる土地が広がります。沖にはエルバ島があります。

内陸の赤ワインの軸は、黒ぶどうのサンジョヴェーゼ(Sangiovese)です。フィレンツェとシエナのあいだのキャンティ・クラシコ(Chianti Classico)では、決まりがサンジョヴェーゼを80パーセント以上と定めています。名前の似たキャンティ(Chianti)は別に登録された呼称で、範囲も条件も違います。シエナの南にはブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(Brunello di Montalcino)、塔の街サン・ジミニャーノには白ワインのヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ(Vernaccia di San Gimignano)があります。

海沿いでは品種が変わる

州の西の端、海に面したボルゲリ(Bolgheri)では、植わっている品種が変わります。赤ワインの決まりでは、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロなどフランス・ボルドーの品種を自由な比率で使えるのに対し、サンジョヴェーゼは50パーセントまでです。決まりの文書は、1800年代の前半にこの土地の伯爵がフランスの品種を選んだことから説明しています。

産地や品種、造り方の条件を満たしたワインだけが名乗れる名前を「原産地呼称」といい、そのうち条件のより厳しい区分をDOCGと呼びます。トスカーナのDOCGは11、DOCは41です(2025年3月時点)。このうちスヴェレートとヴァル・ディ・コルニア・ロッソはボルゲリの南に、モレッリーノ・ディ・スカンサーノとモンテクッコ・サンジョヴェーゼはさらに南のグロッセート県にあり、もうひとつはエルバ島の甘口ワインの呼称です。

山に守られた温和な気候と、イタリア語のふるさと

Treccaniの百科事典によれば、北と北東をアペニン山脈が守り、海の影響も広く入り込むため、トスカーナの気候は全体としておだやかで、地中海性の気候です。冬は海沿いのほうが暖かく、夏は内陸の盆地のほうが暑くなります。雨は場所によって大きく違い、北西のアプアーネ・アルプス(Alpi Apuane)では年に3,000ミリを超え、南西のオンブローネ川(Ombrone)の河口の平地では600ミリに届きません。

いまのイタリア語は、主にフィレンツェの言葉、それも初期のフィレンツェ語をもとにしています。Treccaniによれば、ダンテ、ペトラルカ、ボッカッチョの権威によって、文学の手本とされたためです。16世紀にはメディチ家の君主国が生まれ、コジモ1世がシエナの領土を併せて、国は1569年に大公国となりました。シエナの南のヴァル・ドルチャ(Val d’Orcia)は、14〜15世紀にシエナの国に組み込まれたときに農地として描き直された風景で、2004年に世界遺産に登録されています。UNESCOは、この一帯の主な丘の町としてモンタルチーノの名も挙げています。