この記事でわかること
- トスカーナ(Toscana)がどんな地形の州で、畑がどこにあるのか
- サンジョヴェーゼという品種が、なぜこの州の軸なのか
- 海沿いのボルゲリだけが、なぜ違う品種を使うのか
- 覚えておきたい産地の名前と、何と合わせて飲むか

イタリアの中部、ティレニア海に面した州です。フィレンツェ、シエナ、ピサ。どれもこの州の街です。
トスカーナと聞いて浮かぶのは、たいていなだらかな丘の景色でしょう。畑もそこにあります。州の内陸は、丘が延々と続く土地です。石灰質を含んだ土に、ぶどうとオリーブと小麦が植わっています。
ただし、州はそれだけではありません。東の縁にはアペニン山脈が走り、南の海沿いにはマレンマ(Maremma)と呼ばれる、かつて湿地だった低い土地が広がります。沖にはエルバ島も浮かんでいます。丘の景色は、州のいちばん有名な一面にすぎません。
サンジョヴェーゼという一本の軸
内陸のトスカーナを説明するのに、品種はひとつ知っていれば足ります。サンジョヴェーゼ(Sangiovese)です。
赤い果実と、乾いたハーブのような香り。酸がしっかりあって、渋みは細かく、料理と合わせやすい赤ワインになります。この州のおもだった赤ワインの呼称は、ほぼすべてこの品種でできています。
たとえばキャンティ・クラシコ(Chianti Classico)の決まりでは、サンジョヴェーゼが80パーセント以上と定められています。残りの2割には、カナイオーロやチリエジョーロといった土着の品種のほか、カベルネやメルロを使うこともできます。
この呼称には、決まりが変わってきた跡が残っています。1996年からはサンジョヴェーゼだけでつくることが認められ、2006年からは黒ぶどうだけでつくることになりました。 それ以前は白ぶどうを混ぜる余地があったということです。
サンジョヴェーゼは、この州の外でも植わっています。ウンブリアにも、マルケにも、ロマーニャにもあります。それでも「サンジョヴェーゼといえばトスカーナ」と言われるのは、この品種を軸に呼称を組み立ててきた州が、ここだからです。

丘のほうの、覚えておきたい名前
- キャンティ・クラシコ — フィレンツェとシエナのあいだ。サンジョヴェーゼ80パーセント以上
- ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ — シエナの南。長い熟成が義務づけられた、この州でいちばん高価な赤ワインのひとつ
- ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノ — 同じくシエナの南東。木樽での熟成が義務
- ヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ — 塔の街の白ワイン。州では珍しい白ワインの呼称
「キャンティ」と「キャンティ・クラシコ」は別の呼称です。 名前が似ているので混同されますが、決まりのうえでは別々に登録されていて、範囲も条件も違います。クラシコのほうが古くからの中心地で、範囲が狭く、条件も厳しくなっています。ラベルに黒い雄鶏の印があればクラシコです。
もうひとつ、この州には干したぶどうからつくる甘口ワインの伝統があります。ヴィン・サント(Vin Santo)と呼ばれるもので、キャンティ、キャンティ・クラシコ、カルミニャーノ、モンテプルチャーノにそれぞれ呼称があります。食後に、固い焼き菓子を浸して食べるのが土地のやり方です。
トスカーナには、条件のいちばん厳しい区分の呼称が11、その下の区分が41あります(2025年3月時点)。全部を覚える必要はありません。
海沿いだけが違う
ここからが、この州の面白いところです。
州の西の端、ティレニア海に面した平地に出ると、植わっている品種が変わります。 カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、カベルネ・フラン。フランス・ボルドーの品種です。
その中心がボルゲリです。この呼称の決まりでは、ボルドーの三品種はそれぞれ0から100パーセントまで自由に使えるのに対し、州を代表するサンジョヴェーゼは50パーセントまでと定められています。トスカーナの産地でありながら、州の主役が主役になれない構成です。
なぜそうなったのか。産地の決まりを定めた文書は、1800年代の前半にさかのぼって説明しています。当時この土地を治めていた伯爵が醸造の専門家を雇い、フランスの品種を選んだ——その選択が、百年以上あとに正しかったと証明された、という書き方です。
同じ州のなかに、まったく違う成り立ちの産地がある。 トスカーナを丘だけで語ると、この半分が落ちます。
ここで面白いのは、この州が抱える11の呼称のうち、海沿いと南部のものが5つあることです。ボルゲリの南にはスヴェレートやヴァル・ディ・コルニア、さらに南のマレンマにはモレッリーノ・ディ・スカンサーノ、モンテクッコ・サンジョヴェーゼ。沖のエルバ島には、干したぶどうからつくる甘口の呼称があります。
トスカーナの半分近くは、丘の外にあるということです。内陸のサンジョヴェーゼだけを見ていると、この広がりが見えません。
炭火の肉と、豆のスープ
トスカーナの食は、素朴で力があります。
代表はビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(bistecca alla fiorentina)。厚く切った牛肉を炭火で焼いただけの料理です。ほかに、固くなったパンと野菜を煮込んだリボリータ(ribollita)、古代小麦のファッロや黒キャベツを使ったスープ、イノシシなどのジビエ。羊乳のチーズペコリーノ(Pecorino)もよく食卓に出ます。
塩を入れないパンを焼く土地としても知られています。塩気の強いサラミやチーズと合わせるための習慣だといわれます。固くなったパンを捨てずに、スープやサラダに使うのもこの土地のやり方です。リボリータもその一つで、名前は「もう一度煮た」という意味です。
サンジョヴェーゼの赤ワインは、酸があって渋みが細かいので、脂のある肉にもトマトを使った料理にも合わせられます。日本で合わせるなら、牛肉のステーキ、ラグーのパスタ、鶏レバー、熟成した硬いチーズあたりでしょう。

行くなら、買うなら
フィレンツェが起点です。そこからシエナまで車で1時間ほど、あいだにキャンティの丘が広がります。海沿いのボルゲリへはフィレンツェから1時間半ほど。丘と海を1日で行き来できる距離です。
丘のほうを回るなら、キャンティ街道と呼ばれる道が使えます。フィレンツェからシエナまで、丘の稜線をたどるように走る道で、途中に村とワイナリーが点在します。シエナからさらに南へ行けばモンタルチーノとモンテプルチャーノ。この州は、車があると景色ごと楽しめます。
日本での入手ですが、調査時点(2026年9月4日)にイタリアワインの専門店で確認できた範囲では、キャンティ・クラシコは1,800円台から見つかり、3,200円から3,600円あたりが中心でした。ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは5,300円台からで、7,000円から1万1,000円あたりが中心。上は3万円を超えます。ボルゲリ・ロッソは4,000円台から6,000円台です。
はじめの1本には、キャンティ・クラシコが向いています。サンジョヴェーゼがどういう味かを、いちばん手の届く価格で確かめられます。そのあとでボルゲリを飲むと、同じ州でこれだけ違うのか、と分かります。
出典
一次情報
- Federdoc『VINI ITALIANI A DENOMINAZIONE D’ORIGINE 2025』。トスカーナの原産地呼称の件数(DOCG 11、DOC 41、IGT 6。2025年3月時点)と、それぞれの名称。「キャンティ」と「キャンティ・クラシコ」が別々に登録されていること、海沿いと南部にDOCGが5つ(スヴェレート、ヴァル・ディ・コルニア・ロッソ、モレッリーノ・ディ・スカンサーノ、モンテクッコ・サンジョヴェーゼ、エルバ・アレアティコ・パッシート)あること、ヴィン・サントの呼称が4つあることもここから https://www.federdoc.com/new/wp-content/uploads/2025/06/Booklet-2025_WEB.pdf
- イタリア農林食料政策省 2021年11月3日省令によるボルゲリDOCの統合版生産規定。ボルドー三品種が各0〜100%、サンジョヴェーゼが0〜50%であること、1800年代前半のフランス品種導入の記述。詳しくはボルゲリの記事の出典欄を参照 https://www.bolgheridoc.com/wp-content/uploads/2024/10/Disciplinare-Bolgheri-2021.pdf
二次情報
- Consorzio Vino Chianti Classico。黒い雄鶏の印、サンジョヴェーゼ80%以上と黒ぶどう20%まで、1996年からサンジョヴェーゼのみでの生産が可能になったこと、2006年から黒ぶどうのみになったこと、認められている補助品種、産地がフィレンツェとシエナのあいだにあること https://www.chianticlassico.com/vino/caratteristiche/
- Italia.it「トスカーナのワイン——食とワインの旅」。州の食(ビステッカ、リボリータ、ペコリーノ、塩を入れないパン) https://www.italia.it/en/tuscany/things-to-do/tuscan-wines-a-food-and-wine-itinerary
- 国内のイタリアワイン専門店の在庫(2026年9月4日調査)。キャンティ・クラシコ、ブルネッロ、ボルゲリ・ロッソの価格帯 https://www.tuscany.co.jp/