この記事でわかること
- ボルゲリ(Bolgheri)がトスカーナのどこにあって、どんな景色の土地なのか
- なぜサンジョヴェーゼではなく、ボルドーの品種が植わっているのか
- 「サッシカイア(Sassicaia)」という、使っているのが一社だけの呼称のこと
- 何と合わせて飲むと楽しいか、いくらぐらいで買えるのか

イタリアのなかでも、トスカーナ(Toscana)のワインといえば、なだらかな丘と糸杉、そしてサンジョヴェーゼ(Sangiovese)の赤ワインが知られています。
ボルゲリは、そのどれとも少し違います。
場所は州の西の端、ティレニア海に面したリヴォルノ県。丘は海岸線と平行に南北へ走り、その裾野の平らな土地にぶどう畑が広がります。植わっているのはカベルネ・ソーヴィニヨン(Cabernet Sauvignon)、メルロ(Merlot)、カベルネ・フラン(Cabernet Franc)。フランス・ボルドーの品種です。
糸杉並木の先にある、小さな村
ボルゲリを訪ねる人が最初に通るのが、ヴィアーレ・デイ・チプレッシ(Viale dei Cipressi=糸杉の並木道)です。海の近くのサン・グイド礼拝堂から村の入口まで、まっすぐ5キロ。両側に樹齢を重ねた糸杉が2,500本あまり並びます。19世紀に、この土地を治めていたゲラルデスカ伯爵グイド・アルベルトが植えさせたものです。
この道を有名にしたのは、詩人ジョズエ・カルドゥッチ(Giosuè Carducci)でした。少年時代をこの地で過ごした彼が「サン・グイドの前で(Davanti San Guido)」という詩に書いたことで、並木は文学の風景になります。村のある自治体の名前が「カスタニェート・カルドゥッチ」なのは、この詩人にちなんだものです。
ボルゲリという名前は、この自治体のなかの小さな集落を指します。産地として認められているのも、この自治体の範囲だけ。しかも条件がひとつあって、古いアウレリア街道より海側は入りません。産地は街道の東側、丘の裾野に限られます。

トスカーナなのに、ボルドーの品種
この土地は乾きます。決まりを定めた文書が挙げる年間の雨は600ミリに届かず、それでも足りない分が年に200ミリあるとされています。丘が冬の寒さをさえぎり、夏は南北を流れる二本の川とティレニア海が、暑さの行きすぎをやわらげます。土は砂まじりで水はけがよく、場所によって砂質から粘土質まで幅があります。
ここでボルドーの品種が育つのは、偶然ではありません。
よく語られるのは、1944年にマリオ・インチーザ・デッラ・ロケッタ侯爵が自家用にボルドーの品種を植え、それが後にサッシカイアになった、という話です。ただ、産地の決まりを定めた文書は、それより百年以上前から書き起こしています。
1800年代の前半、ゲラルデスカ伯爵が醸造の専門家を雇い、新しいワインづくりを始めます。そのとき選ばれたのが、ガメイ、カベルネ、シラーといったフランスの品種でした。1816年には近くの土地に実験用の畑が生まれ、文書はそこに一行を添えています——「のちにサッシカイアの最初の畑が生まれた場所である」。
侯爵の試みは、何もないところから始まったのではなく、フランスの品種を試してきたこの土地の百年の流れの上にあった、という書き方です。
もうひとつ、同じ文書に興味深い記述があります。1944年に植え始めたとき、最初は東向きの高い丘が選ばれました。海の影響はワインの品質に良くないと考えられていたからです。その見方はやがて変わり、いちばん良い場所は丘の裾野と平地で、海からの風はぶどうの熟しかたに良い方向に働くと理解されるようになります。
使っているのが一社だけの呼称
ボルゲリの決まりでは、赤ワインの品種構成がかなり自由です。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、カベルネ・フランは、それぞれ0パーセントから100パーセントまで。単独でも、好きに混ぜてもかまいません。一方でサンジョヴェーゼは50パーセントまで。トスカーナの産地でありながら、州を代表する品種が主役になれない構成です。
そしてこの産地のなかに、「ボルゲリ・サッシカイア(Bolgheri Sassicaia)」という独立した呼称があります。
認証機関が毎年公表している統計を見ると、2024年にこの呼称を使った事業者は1社でした。栽培も醸造も瓶詰めも1社です。同じ年、産地全体の呼称「ボルゲリ」を使った事業者は100社を超えています。
決まりが社名を挙げて独占させているわけではありません。認められた区域が、テヌータ・サン・グイドの畑を中心とするごく狭い範囲に限られているためです。条文には地図も等高線もなく、「並木道から北西へ610メートル」「用水路の左岸に沿って東へ1,247メートル」といった距離が延々と並びます。境界の目印として、隣の農園の名前まで書き込まれています。区域と所有の実態が重なった結果として、使えるのが一社になっています。
サッシカイアが世に知られたきっかけもはっきりしています。1978年、イギリスの雑誌『Decanter』が世界のカベルネを比べる試飲を行い、そこで1位になりました。

どんなワインなのか
ボルゲリの赤ワインは、色がルビーで、熟成するとガーネットに変わります。決まりの文書が香りについて書いているのは「強く葡萄酒らしい」の一言だけです。保護協会はもう少し具体的で、熟した黒い果実の甘さに、マッキア(macchia=地中海沿岸に茂る低木)の匂いが重なる、と説明しています。味は辛口。果実の甘さが口の中ほどで立ち、酸が伸びやかで、渋みはきめが細かく密です。余韻が長く続きます。
「ボルゲリ・ロッソ(Bolgheri Rosso)」は収穫の翌年秋から出荷される、いちばん手に取りやすいタイプです。上位の「ボルゲリ・ロッソ・スペリオーレ(Superiore)」は2年以上の熟成が義務で、そのうち1年以上を木樽で過ごします。サッシカイアは18か月以上を小さな樽に入れます。
赤ワインだけの産地ではありません。ヴェルメンティーノ(Vermentino)を使った白ワインもつくられていて、こちらは柑橘と白い花の香りがある、すっきりした辛口です。
細かい決まりですが、赤ワインは濃い色のボルドー型の瓶に詰めることが義務づけられています。なで肩のブルゴーニュ型で出すことはできません。ラベルを見なくても、瓶の形でおおよその見当がつく産地です。
ボルゲリのワインに合わせる食事
トスカーナの郷土料理は、素朴で力があります。ファッロ(古代小麦)や黒キャベツを煮込んだスープ、鳥の煮込みを和えたパッパルデッレ、イノシシなどのジビエ、そして炭火で焼いた厚い牛肉。羊乳のチーズ、ペコリーノ(Pecorino)や地元のサラミもよく食卓に出ます。
渋みがしっかりしているので、脂と焼き目のある肉によく合わせられます。日本で合わせるなら、牛肉の炭火焼き、ラムのロースト、きのこと肉のパスタ、熟成した硬いチーズあたりでしょう。
ヴェルメンティーノの白ワインなら、魚介と合わせるのが一般的です。
行くなら、買うなら
ボルゲリへは、フィレンツェやピサから車で1時間半ほど。村の周辺には「ヴィア・ボルゲレーゼ(Via Bolgherese)」と呼ばれるワイン街道が通っていて、糸杉や海岸松に縁取られたぶどう畑のあいだを走ります。試飲を受け入れているワイナリーも多く、村自体は歩いて回れるほどの小ささです。海水浴場も近いので、夏は海と組み合わせて訪れる人が多い場所です。
日本での入手ですが、調査時点(2026年9月4日)にイタリアワインの専門店で確認できた範囲では、ボルゲリ・ロッソは4,000円台から6,000円台で、5,000円前後のものが多くを占めていました。上位のスペリオーレは1万2,000円台から1万4,000円台。サッシカイアは3万円を超えます。
はじめの1本には、ボルゲリ・ロッソが向いています。
