
イタリアの北西、フランス国境にほど近いリグーリア州(Liguria)。その東部、ラ・スペツィアの西側に、チンクエ・テッレと呼ばれる海岸があります。「五つの土地」という意味で、モンテロッソ・アル・マーレ、ヴェルナッツァ、コルニリア、マナローラ、リオマッジョーレという五つの村を指します。
海から見上げると、オレンジや黄色の家が崖の隙間を埋めるように重なっています。観光写真でよく紹介されるのはこの家並みですが、その背後の斜面には、石垣で細かく区切られたぶどう畑が続いています。
チンクエ・テッレは、南隣のポルトヴェーネレと沖合の島々(パルマリア島、ティーノ島、ティネット島)を含む文化的景観として、1997年にユネスコの世界遺産に登録されました。評価されたのは村の建物だけでなく、人が斜面に手を入れてつくってきた景観そのものです。
斜面を畑に変えた石垣
この一帯には、平地がほとんどありません。山が海に向かってそのまま落ちていきます。平地の乏しいこの土地では、斜面も農地として使う必要がありました。
やり方は、斜面に石を積んで水平な帯をつくり、そこに土を入れてぶどうを植える、というものです。地元ではこの段々畑を「ファッシェ(fasce=帯)」と呼びます。石垣はモルタルを使わず、石と石を噛み合わせるだけで組み上げます。
チンクエ・テッレ国立公園は、この石垣の総延長を「672万リニアメートル」と公表しています。キロメートルに直すと6,700キロあまり。石垣は畑と畑のあいだにも、家の裏にも、道の脇にもあります。一人の設計者がいたわけでも、国家事業だったわけでもありません。生産規定は、中世に人口が増えるにつれて斜面のあらゆる隙間が段々畑になっていったこと、ぶどう畑の面積が最大に達したのは1800年代だったことを記しています。千年以上かけて、農民が一段ずつ積み足していった結果です。
畑の傾斜は、生産規定によれば35〜50パーセント。角度でいうと20度から27度ほどで、トラクターを入れられる畑はほとんどありません。剪定も収穫も、多くの作業を人の手に頼ることになります。急斜面での運び上げには、ラックレールに小さな台車を載せたモノレールも使われます。生産規定は、1973年にできた農業協同組合と、数多く敷かれたこのモノレールが、この土地の農業を立て直したと書いています。スローフード協会の資料は、こうした手作業による生産コストを平地のおよそ6倍と見積もっています。

土についても、生産規定は素っ気なく書いています。
浅く、粗い。礫が多く、水はけがよい。
少なくとも、耕しやすい土地ではありません。もっとも、ぶどう栽培では、肥沃すぎないことや水はけのよさが有利に働く場合があります。生産規定も、この土壌を産地の特徴のひとつとして挙げています。
同じ文書に、1900年代初めのマナローラの暮らしを綴った、ある農民の言葉が引かれています。
あの頃は本当に厳しい時代だった。マナローラの唯一の資源は、過酷な労働と超人的な犠牲を要求する痩せた土地から生まれるワインだった。移住して外に仕事を探すことは、降伏の宣言とみなされた。

その後、若い世代は村を出ていきました。スローフード協会は、段々畑の約95パーセントが放棄されたとしています。面積で見ると、かつて2,000ヘクタールほどあった段々畑に対して、いまぶどうが植えられているのは150ヘクタールあまりです。対象も算定の方法も同じではありませんが、耕作地が大きく減ったことは、どちらの数字からも分かります。
チンクエ・テッレのワインが少なく、そして安くない理由は、大部分がここにあります。

DOCを名乗れるのは、白ワインだけ
DOCは、産地や使用品種、栽培と醸造の条件を定めたイタリアの原産地呼称です。チンクエ・テッレは1973年に認定されました。
このDOCが対象としているのは、辛口の白ワインと、ぶどうを干してつくる甘口ワインの二つだけです。赤ワインは含まれていません。ただし、この土地で黒ぶどうが育っていないわけではありません。生産規定には、20世紀初頭から栽培されてきた黒ぶどうとして、サンジョヴェーゼ、カナイオーロ、ヴェルナッツァのガンブ・ルッスが挙げられています。これらからつくったワインは、「チンクエ・テッレ」の名前では出せない、というだけのことです。
白ワインの主な品種は、ボスコ(Bosco)、アルバローラ(Albarola)、ヴェルメンティーノ・ビアンコ(Vermentino bianco)。この三つを、単独または合わせて8割以上使うことが条件です。単独でもよいので、ボスコだけでつくることもできます。残る2割までは、リグーリア州で栽培が認められた白ぶどうを補助として加えられます。
この構成は2021年の改定後のものです。日本語の解説や、イタリア農業省が配信しているカタログには、ボスコに最低比率を課していた改定前の数字が残っていることがあります。
ヴェルメンティーノはサルデーニャやトスカーナの海沿いでも見かけますが、ボスコとアルバローラは、この地域を出るとまず出会いません。
色は麦わら色から黄金色。香りははっきりしていて、それでいて繊細です。そして味わいを、生産規定は「辛口で、心地よく、サピド(sapido)、ときにミネラル」と記しています。
このサピドが、日本語にしにくい言葉です。一般には「風味がしっかりしている」、ワインの文脈では「塩味を思わせる」といった意味で使われます。ただし、海の近くで育ったことがその味を直接生む、と確認されているわけではありません。
ぶどうを干してつくる、希少な甘口
このDOCにはもうひとつ、シャッケトラ(Sciacchetrà)という甘口があります。
収穫したぶどうを風通しのよい場所に並べて干し、水分を抜いて糖を濃くしてから仕込みます。イタリアでは「パッシート(passito)」と呼ばれる造り方です。スローフード協会によれば、干す期間は70日を超え、ぶどうが貴腐菌に覆われるまで待つといいます。
採れる量が、通常の白ワインとはまるで違います。同じ100キロのぶどうから得られるワインは、辛口の白ワインがおよそ70リットル。シャッケトラは、生産規定の上限が32リットルで、スローフード協会が記録する実際の値は25リットルほどです。
出荷までにも時間がかかります。収穫した翌年の秋まで、上位版の「リゼルヴァ(Riserva)」なら3年目の秋まで、売りに出すことができません。
色は黄金色から琥珀色。蜂蜜やドライフルーツ、スパイスの香りがあり、飲み終えたあとにアーモンドのような余韻が残ります。
チンクエ・テッレのワインに合わせる食事
リグーリアは海の地方で、料理もオリーブオイルとハーブと魚介が軸になります。
なかでもよく紹介されるのが、五つの村のいちばん北にあるモンテロッソのアンチョビ。生のままオリーブオイルとレモンでいただくもの、パン粉を詰めて焼くもの、じゃがいもやトマトと一緒にオーブンで焼くものなど、食べ方がいくつもあります。バジルのペースト、ジェノヴェーゼ(pesto genovese)もこの州の名物です。
現地では、この白ワインもそうした料理と組み合わせられます。日本で試すなら、アンチョビのパスタ、白身魚のカルパッチョ、いかやたこのマリネなどが近い組み合わせです。冷やしすぎない程度の温度で。
甘口のシャッケトラは、食後に少量ずつ。ドライフルーツやナッツ、熟成したチーズと合わせるのが一般的です。
五つの村を訪ねる
五つの村は鉄道で結ばれていて、村から村へは数分です。歩いて渡ることもでき、五つを結ぶ「センティエロ・アッズッロ(Sentiero Azzurro=青の道)」というコースが知られています。
そのうちリオマッジョーレとマナローラを結ぶ区間が「ヴィア・デッラモーレ(Via dell’Amore=愛の小道)」で、2012年の落石事故のあと閉鎖され、2024年8月に再開しました。本稿の調査時点(2026年9月)では、通行に事前予約と「チンクエ・テッレ・カード」が必要で、1時間あたりの人数にも上限があります。条件は変わるため、訪ねる前に国立公園と自治体の公式情報を確認してください。
四千人ほどが暮らす場所に世界じゅうから人が訪れるので、村は観光との付き合い方を模索している最中です。
日本で探す
イタリアワインを幅広く扱う専門店で見かけます。調査時点(2026年9月3日)に国内の通販で確認できた辛口の白ワインは、750ミリリットルで4,000円台から6,000円ほどでした。
シャッケトラは扱う店が限られます。同じ時点で確認できた375ミリリットルの小瓶は、およそ8,000円から1万4千円ほど。在庫を切らしている店もありました。
