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グレーコ

グレーコのワイン一覧


グレーコとは?

グレーコ(Greco)は、南イタリアのカンパーニア州で、ナポリから内陸へ入ったアヴェッリーノ(Avellino)の北の丘に根を張ってきた白ぶどうです。辛口の白ワインになり、その代表が、トゥーフォ(Tufo)という村の名を添えたグレーコ・ディ・トゥーフォ(Greco di Tufo)です。日本の店では「グレコ」「グレコ・ディ・トゥーフォ」と書かれていることも多く、どちらも同じものを指しています。

名前はイタリア語で「ギリシャの」という意味です。グレーコ・ディ・トゥーフォの決まりの文書は、このぶどうの祖先を、古代ローマの書き手たちが称えた「アミネア・ジェミナ(Aminea gemina)」だとしています。ギリシャのテッサリアから来た人々がナポリの海岸に植え、ヴェスヴィオ山の斜面から、やがて内陸のイルピニア(Irpinia)へ広がった、という筋書きです。イルピニアはアヴェッリーノ県一帯の呼び名です。ジェミナは「双子」の意味で、房が二つ並んでつくことが多かったからだと説明しています。同じ文書は、ポンペイで見つかった紀元前1世紀の壁画に「グレーコのワイン」の名があること、博物学者プリニウスが、グレーコのワインは宴の席でも一度しか注がれないほど貴重だったと書いたことも挙げています。

手前に若葉の出たぶどうの列、その先に赤い屋根の家と、丘の上まで縞模様に続くぶどう畑
5月のトゥーフォ。家並みのすぐ裏から、丘の上までぶどう畑が続くGianfranco Vitolo / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

話をややこしくしているのは、「ギリシャの」を名に持つぶどうが、南イタリアに一つではないことです。国の品種登録簿は、カンパーニアのグレーコと、カラブリア州を中心に育つグレーコ・ビアンコ(Greco Bianco)を、別の品種として載せています。そのうえで、グレーコ・ビアンコの別名として「グレーコ」を挙げ、ワインの表示に限って使ってよいとしています。ラベルに「グレーコ」とあっても、どちらのぶどうかは産地を見ないと分かりません。

カラブリア州の南、イオニア海に面したビアンコ(Bianco)という町には、グレーコ・ディ・ビアンコ(Greco di Bianco)という甘口ワインがあります。ビアンコはイタリア語で「白い」という意味の語ですが、ここでは町の名前です。つくるのはグレーコ・ビアンコのほうで、ぶどうを日に干してから搾ります。そしてこのワインの決まりの文書も、ぶどうはギリシャ人が植民した時代から「アミネア」と呼ばれてきた、と書いています。登録簿で別の品種とされる二つのぶどうが、同じ古代の名を祖先に挙げていることになります。2,000年前の名前がいまのどちらに当たるのか、二つの文書のどちらにも決め手は書かれていません。


どこで育てられているか

グレーコ・ディ・トゥーフォの産地は、アヴェッリーノの北、ベネヴェント県との境までの八つの村です。合わせて60平方キロあまりの狭い範囲で、畑はサバト川(Sabato)の谷に沿って、標高300メートルから650メートルほどの丘に広がります。決まりの文書によれば、土は粘土を多く含み、夏の乾いた時期にもぶどうをむらなく熟させ、酸を保つ助けになっているといいます。冬は厳しく、雪も珍しくありません。夏はかなり穏やかで、7月から9月は昼と夜の気温の差が大きく開きます。

緑の木々に覆われた谷の向こう、尾根の上に白い家並みが連なる村
サバト川の南側から見た、産地の村のひとつプラータ・ディ・プリンチパート・ウルトラCitterio / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

トゥーフォの村では、1800年代に大きな硫黄の鉱床が見つかりました。決まりの文書は、硫黄が手に入るようになったことでイルピニア全体にぶどう栽培が広がり、房を病気から守るために硫黄をまく「ゾルファトゥーラ(zolfatura)」という手当ても生まれた、と書いています。19世紀には、ワインを運び出すためにイルピニアで最初の鉄道が敷かれ、「ワインの鉄道」と呼ばれるようになりました。グレーコの産地には、トゥーフォとプラータ(Prata)の二つの駅がいまも残っています。イルピニアのワインの保護協会は、鉱山のあった土地の土がワインの味にも表れている、と説明しています。

木々の茂る丘のあいだを、大きく弧を描いて流れる川。奥に山並みが見える
プラータ・ディ・プリンチパート・ウルトラのあたりで大きく曲がるサバト川(11月)Citterio / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

グレーコの畑がどれだけあるかは、資料によって大きく違います。アデレード大学のワイン経済研究センターがまとめた品種別のデータベースでは、イタリアのグレーコはおよそ2,400ヘクタールです(EUの統計局 Eurostat の2020年の値)。ただ、同じデータベースの「グレーコ」と「グレーコ・ビアンコ」の行は、年によって数字が入れ替わったような動きをしていて、そのままでは比べられません。イタリアのワイン情報サイト、クアットロカリチ(Quattrocalici)は、全国でおよそ830ヘクタールとしています。

州の外にも畑はあります。品種登録簿は、グレーコを使えるDOCとして、カンパーニアのほか、ラツィオ、トスカーナ、プーリア、モリーゼの各州に、合わせて14を挙げています。


グレーコが主役のワイン

主な呼称と、そのワインに使うグレーコの割合です。DOCとDOCGは、産地や造り方が国の決まりで定められたイタリアの原産地呼称で、DOCGはそのうち生産の条件がもっとも厳しい区分です。

ワイン産地グレーコの割合
グレーコ・ディ・トゥーフォ(DOCG)アヴェッリーノ県の8村85%以上
イルピニア(DOC)のグレーコアヴェッリーノ県85%以上
サンニオ(Sannio、DOC)のグレーコベネヴェント県85%以上
イルピニア(DOC)の白ワインアヴェッリーノ県フィアーノと合わせて50%以上

グレーコ・ディ・トゥーフォは1970年にDOC、2003年にDOCGになりました。残りの15%までに混ぜてよいのは、同じ土地の白ぶどうのコーダ・ディ・ヴォルペ(Coda di Volpe)だけです。いまの決まりには、収穫の年の11月1日から12か月以上ねかせるリゼルヴァ(Riserva)と、瓶の中で二度目の発酵をさせる泡のワイン(spumante)もあります。泡のワインは瓶の中で18か月以上、そのリゼルヴァなら36か月以上ねかせます。

ラベルに品種の名前が出るのは、アヴェッリーノ県のイルピニアと、北隣のベネヴェント県のサンニオです。どちらもグレーコの辛口のほかに、泡のワインや、ぶどうを干してからつくる甘口ワイン(passito)も名乗れます。

カラブリアのグレーコ・ディ・ビアンコ(DOC)は、グレーコ・ビアンコを95%以上使う甘口ワインで、この表のグレーコとは別のぶどうからつくります。


どんなワインになるか

グレーコ・ディ・トゥーフォの色は麦わら色で、濃さには幅があります。香りは心地よく強く、きめが細かく、味わいは爽やかな辛口で、全体がよくまとまっています。

イルピニアの保護協会によれば、グレーコの粒は色や渋みのもとになるフェノール類を多く含み、ワインは黄色がかなり濃く、口に含むと密度を感じさせます。グラスの中では金色を帯びることも多く、香りは黄色い果物やトロピカルフルーツ、ときに柑橘やハーブを思わせます。味わいには、イタリア語で「サピディタ(sapidità)」と呼ばれる、味がしっかりある感じがはっきりあり、高い酸がいつまでも口に残ります。かすかな渋みを感じることもあるそうです。

冬枯れの木立の向こうの斜面に、葉を落としたぶどうの木が整然と列をなす畑
1月、グレーコ・ディ・トゥーフォのための畑。葉を落とした木の列が斜面を下るpayhere / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

協会は、収穫は10月の上旬から下旬で、仕込みは香りと骨格を守るためにステンレスのタンクで行うとしています。ふつうのものは5年から10年、リゼルヴァは10年を超えて熟成が進み、蜂蜜やドライフルーツ、石油を思わせる香りが出てくるといいます。

皮の厚さは、資料によって書き方が逆です。協会は皮が薄く、中身が果汁に移りやすいと書き、クアットロカリチは、皮は厚く丈夫だとしています。どちらも、グレーコの酸の高さは泡のワインに向くと書いている点では一致しています。


グレーコに合わせる食事

イルピニアの保護協会は、グレーコ・ディ・トゥーフォに海の幸を勧めています。軽く煮込んだもの、網焼き、パン粉をのせて焼いたグラタン、そして干し鱈(baccalà)の料理で、トマトで煮たものにも合うとしています。協会がいちばんの切り札に挙げるのは肉との組み合わせで、それには熟成させたリゼルヴァを選ぶよう勧めています。泡のワインには、生の魚介や、生の肉の料理です。

日本の食卓で試すなら、あさりや白身魚をトマトで軽く煮たもの、焼き魚、塩鱈とじゃがいものトマト煮、リゼルヴァには鶏や豚のローストが、地元の組み立てに近い組み合わせです。