ブライダのワイン一覧

3,113円
ブライダ(Braida) / 販売: トスカニー イタリアワイン専門店

4,235円
ブライダ(Braida) / 販売: トスカニー イタリアワイン専門店

バルベーラ・ダスティ ブリッコ・デル・ウッチェッローネ 2021
13,673円
ブライダ(Braida) / 販売: トスカニー イタリアワイン専門店

17,325円
ブライダ(Braida) / 販売: トスカニー イタリアワイン専門店
ブライダとは?
ブライダ(Braida)は、北イタリアのピエモンテ州、アスティ県のロッケッタ・タナロ(Rocchetta Tanaro)という村にあるワインのつくり手です。1961年にジャコモ・ボローニャ(Giacomo Bologna)が自分のラベルでワインを瓶詰めしたのが始まりで、いまは子どものラッファエッラ(Raffaella)とジュゼッペ(Giuseppe)が営んでいます。つくっているのは主に、バルベーラ(Barbera)という黒ぶどうの赤ワインです。
バルベーラは、この土地の農家が自分たちで毎日飲んできたワインでした。ジャコモはそのバルベーラを、フランスの小さな樽で寝かせることにします。1982年に収穫したぶどうからつくった「ブリッコ・デル・ウッチェッローネ(Bricco dell’Uccellone)」がその最初の1本で、ブライダの名前とともに、バルベーラの評判を変えていきました。
畑のある土地
ロッケッタ・タナロは、アスティの街の南東、タナロ川(Tanaro)のほとりにある人口1,200人ほどの村です。公式サイトは、この村を「ぶどう畑が十、家が六軒、教会が一つ」と歌った村医者で歌手のパオロ・フローラ(Paolo Frola)の歌から紹介していて、その十の畑のいくつかがブライダの畑だといいます。

あたりはモンフェッラート(Monferrato)と呼ばれる、低い丘が波のように続く土地です。夏は暑く、冬は寒い大陸性の気候で、日当たりのよい斜面の丘を、アスティの方言で「ブリッコ(bricco)」と呼びます。ブライダの銘柄に「ブリッコ」の付くものが多いのはこのためです。ロッケッタの畑の土は、砂と粘土がほぼ半分ずつで、ブライダはこの土からは香りも味も濃いワインができるとしています。畑はほかに、南西のカステルヌオーヴォ・カルチェア(Castelnuovo Calcea)やコスティリオーレ・ダスティ(Costigliole d’Asti)、さらに南西のランゲ(Langhe)の丘にもあります。
村には、1980年にできたアスティ県で最初の自然公園があります。ジャコモのきょうだいのカルロ(Carlo)の一家は、村で「イ・ボローニャ(I Bologna)」という食堂を開いています。
歩み
「ブライダ」は、もとはジャコモの父ジュゼッペのあだ名でした。荷車引きをしていた父が、ピエモンテの球技、パッローネ・エラスティコ(pallone elastico)の名選手に似ていたことから付いた名前だと、公式サイトは書いています。ジャコモは1938年に生まれ、15歳で父を亡くしました。あだ名とバルベーラの畑を父から受け継ぎ、母と村の広場で食堂を営みながらワインをつくります。
ジャコモと長く親しかった書き手のベッペ・オルシーニ(Beppe Orsini)は、地元の雑誌に1961年のできごとを書いています。この年はぶどうの出来がよく、ジャコモは、いつもワインを瓶に詰めずに量り売りで引き取っていく商人に、1リットルあたり倍の150リラを求めました。商人は80リラより上は出さないと言います。量は買っても質には払わない相手に見切りをつけ、ジャコモは自分のラベルで全部を瓶に詰めることにしました。これが、弱い泡の立つバルベーラ「ラ・モネッラ(La Monella)」です。
1978年、ジャコモはワイン評論家のルイジ・ヴェロネッリ(Luigi Veronelli)とカリフォルニアを訪ね、歴史の浅い土地から立派な赤ワインが生まれているのを見て、妻アンナに「全部まちがえていた」と電話をかけたといいます。そこで小さな樽、バリック(barrique)の大切さに気づき、フランスのボーヌで講習も受けました。
ワイン情報サイトに寄稿したトム・ハイランド(Tom Hyland)によれば、ジャコモは一つの畑で、枝を短く切り、育つ途中で房を間引き、いつもより何日も遅く摘む試みを重ねました。それまでバルベーラは大きな樽で寝かせるものでしたが、彼は小さな樽を選びます。娘のラッファエッラはその理由を、こう振り返っています。
小さな樽なら、木が甘いタンニンを与えてくれる。それが低くなった酸と合わさって、ワインに釣り合いが生まれる、と父は考えていました。
ジャコモは、出来のよい年が来るのを待ちました。1982年がその年で、ワインは1984年に売り出されます。公式サイトによれば、樽から出たワインを、カリフォルニアの醸造家アンドレ・チェリスチェフ(André Tchelistcheff)が認め、これが評判を決めました。バルベーラ・ダスティの決まりの文書も、大きな樽に加えて小さな樽でも寝かせるようになった赤ワインが、この呼称を国の外でも知られるものにしたと書いています。
1985年にはブリッコ・デッラ・ビゴッタ(Bricco della Bigotta)、1989年には遅摘みのアイ・スーマ(Ai Suma)が生まれます。ジャコモは1990年のクリスマスの夜、52歳で亡くなりました。アンナは「全部売ってしまえ」という声を退けて醸造所を広げ、子どもたちが跡を継ぎました。2001年には、35の契約と7年をかけて小さな区画を一つにまとめた畑、モンテブルーナ(Montebruna)の最初の収穫があります。
代表的なワイン
ブリッコ・デル・ウッチェッローネ(Barbera d’Asti DOCG)は、ロッケッタの丘の畑のバルベーラだけでつくり、小さな樽で12か月、さらに瓶で1年寝かせます。DOCGはイタリアの原産地呼称のうち、条件がもっとも細かく決められた区分です。生産者の説明では、色はガーネットの光を帯びたごく濃いルビー、香りには赤い果実やベリー、ミントのようなスパイス、バニラ、甘草があり、味わいは厚みがあって余韻が長く続きます。焼いた肉や熟成したチーズに合わせるとしています。「ウッチェッローネ(大きな鳥)」は、この丘に住んでいた女性のあだ名で、鳥のくちばしのような鼻をして、いつも黒い服を着ていたことから村でそう呼ばれていたそうです。
アイ・スーマ(Barbera d’Asti DOCG)は、10月まで木に残して熟させたぶどうからつくり、出来のよい年にしか出しません。名前は方言で「ここまで来た」という意味です。ワインがちょうどよく仕上がったと分かったときの、ジャコモの口癖だったといいます。
モンテブルーナ(Barbera d’Asti DOCG)は、大きな樽で1年寝かせる赤ワインです。色は紫がかったルビーで、熟れたさくらんぼの香りがはっきりしていて、最後にアーモンドのような風味が残ります。
ラ・モネッラ(Barbera del Monferrato DOC)は、1961年からつくり続けている、弱い泡の立つ赤ワインです。紫がかったあざやかなルビー色で、赤い果実の香りが弾けるように立ちます。モネッラは「いたずらな女の子」のことです。ブライダは、春と夏には8〜12度に冷やして飲むようすすめています。
調査時点(2026年10月6日)に楽天市場で確認できた750ミリリットルの価格は、ラ・モネッラが3,000円台、モンテブルーナが4,000円台、ブリッコ・デル・ウッチェッローネが1万1,000円から1万6,000円ほど、アイ・スーマが1万7,000円から1万8,000円ほどでした。
訪ねるには
見学と試飲は予約制で、公式サイトから申し込みます。会場は村の中のヴィア・ローマ(Via Roma)にある古い醸造所で、試飲の内容によって1人25ユーロから60ユーロ、時間は70分から105分ほどです(2026年10月6日時点)。ブリッコ・デル・ウッチェッローネを含む「クラシカ」は30ユーロでした。同じ場所の売店ではワインを買うこともできます。条件は変わるため、訪ねる前に公式サイトで確認してください。

公式サイトは、近くの町として、中世から続く競馬パリオ(Palio)のアスティや、樽を転がして競うニッツァ・モンフェッラート、トリュフの市で知られるアルバを挙げています。モンフェッラートの丘は、ぶどう畑と林と小さな村が入り混じりながら、南西のランゲの山並みへ続いていきます。

