Vino Storia

ワインのお話

ジャコモ・コンテルノ

ジャコモ・コンテルノのワイン一覧


ジャコモ・コンテルノとは?

ジャコモ・コンテルノ(Giacomo Conterno)は、ピエモンテ州の南、モンフォルテ・ダルバ(Monforte d’Alba)の村にある家族経営の生産者です。ネッビオーロ(Nebbiolo)という黒ぶどうからつくる辛口の赤ワイン、バローロ(Barolo)で知られています。バローロはDOCG(イタリアの原産地呼称のうち、生産の条件がもっとも厳しい区分)のワインです。この家のバローロのうち、リゼルヴァの「モンフォルティーノ(Monfortino)」は、木の大樽で長く寝かせることで名を知られてきました。

この家は、1974年まで自分の畑を持っていませんでした。英国のワイン誌デキャンター(Decanter)によれば、それまではモンフォルテと隣のセッラルンガ・ダルバ(Serralunga d’Alba)の農家からぶどうを買ってワインをつくっていて、当主のジョヴァンニは、良いぶどうのためなら最も高い値を払うことをいとわなかったといいます。それでも、求める質のぶどうは手に入りにくくなっていきました。そこで彼は、セッラルンガで耕されずにいた農場を買い、自分でぶどうを植えることにしました。


畑のある土地

バローロの産地は、アルバ(Alba)の街の南に広がるランゲ(Langhe)の丘です。生産規定によれば、ランゲの丘は、かつてこの一帯を覆っていた海が少しずつ退いてできたもので、土は石灰を含む色の淡い泥灰土(marna=粘土と石灰の混じった土)が中心です。規定は、こうした丘をネッビオーロの本来の住みかと書いています。

朝の光の中、畝が斜面を縦に走るぶどう畑が幾重にも続き、奥の尾根の上に村が並ぶ
モンフォルテ・ダルバとセッラルンガ・ダルバのあいだのぶどう畑。奥の尾根の上にセッラルンガの村が見える(2018年7月)Christoph Strässler / CC BY-SA 2.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

醸造所はモンフォルテ・ダルバの村はずれ、オルナーティ(Ornati)という地区にあります。畑は北東隣のセッラルンガ・ダルバにあります。セッラルンガは、村の全域がバローロの範囲に入る三つの村のひとつです。

1974年に買った農場は、カッシーナ・フランチャ(Cascina Francia)と呼ばれていました。いまは、畑の名前として「フランチャ(Francia)」と呼ばれています。広さは14ヘクタールで、植え直しが必要だったため、この畑のぶどうで最初にワインをつくれたのは1978年でした。

その後、2008年にチェレッタ(Cerretta)、2015年にアリオーネ(Arione)の畑が加わりました。アリオーネはセッラルンガの村の南にある9ヘクタールの畑で、フランチャのすぐそばにあり、南から南西を向いています(デキャンター)。

ぶどうの畝のあいだの草の道が谷へ下り、向かいの丘にも区画に分かれた畑が広がる
セッラルンガ・ダルバの近くの斜面。畝のあいだの道が谷へ下っていく(2011年5月)Ziegler175 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

歩み

この家がいつ始まったのかは、資料によって違います。英語版の百科事典は、ジャコモの父ジョヴァンニが1908年にモンフォルテの近くで開いた食堂を起点とする説を挙げていますが、断定はしていません。米国の輸入元は、食堂では買ったぶどうでつくったバローロを樽から出していて、1920年代にジャコモ(1895年生まれ)が自分の名前のワインを始めた、としています。

モンフォルティーノの名前は、この家の村モンフォルテから来ています。最初の年も資料で分かれ、1912年、1920年、1924年の三つが挙がっています。輸入元が「確かめられた最初の年」とするのは1924年です。

1960年代の初めに、ジャコモの二人の息子が家業を継ぎました。兄のジョヴァンニは1959年の収穫からワインづくりを担っていましたが、弟のアルド(Aldo)は造り方の考えの違いから1969年に家を出て、自分の生産者を立ち上げています。バローロには「コンテルノ」の名のつく生産者がほかにもあり、アルドのポデーリ・アルド・コンテルノ(Poderi Aldo Conterno)はそのひとつです。

ジョヴァンニが1974年に畑を買ってから最初の収穫となった1978年のモンフォルティーノは、木が植えてまだ4年でしたが、大樽で8年寝かせて出され、広く評価されました。デキャンターは、このワインを「ワインの伝説」の一本に選んでいます。

同誌によれば、モンフォルティーノは、小さな樽(バリック)のような、この土地の外から来たやり方を使わない「伝統的な」バローロの極みと見なされてきました。ただ、ジャコモがこの銘柄を始めたころは、バローロの造り手はみな伝統的なやり方でつくっていました。この家はそれから何十年も造り方を変えていない、と同誌は書いています。

ジョヴァンニは2004年に亡くなり、20歳のころから父の隣で働いてきた息子のロベルト(1968年生まれ)が継ぎました。チェレッタとアリオーネの畑を買い足したのはロベルトです。


代表的なワイン

バローロ・リゼルヴァ「モンフォルティーノ」(Barolo Riserva DOCG) は、出来のよい年にだけつくられます。デキャンターによれば、選ぶのは樽ではなく畑の区画で、収穫の少し前に、フランチャのなかでとくに良い区画のぶどうを別に仕込みます。温度を管理しない開放式の桶で発酵させ、果皮とともに最長で5週間ほど置いたあと、2,000〜7,500リットルの大樽で7年以上寝かせます。バローロのリゼルヴァの決まりは熟成5年あまりなので、それよりかなり長い熟成です。年に7,000〜10,000本ほどです。

1978年のものを2010年に試飲した評者は、デキャンターの記事で「甘いタンニンがたっぷりとあり、その下に鉱物のような芯がある」と書いています。

バローロ「フランチャ」「アリオーネ」「チェレッタ」(Barolo DOCG) は、畑ごとに分けてつくるバローロです。バローロはラベルの「Barolo」の下に畑の地名を書けるので、ラベルを見ればどの畑のものか分かります。規定によれば、色はガーネットで、香りは強く、味わいは辛口で厚みがあります。

バルベーラ・ダルバ「ヴィーニャ・フランチャ」(Barbera d’Alba DOC) は、同じフランチャの畑に植えたバルベーラからつくる赤ワインで、DOC(DOCGより条件の緩い原産地呼称)です。規定では、色はルビーで、果実の香りがあり、味は辛口です。


訪ねるには

公式サイトは、住所と電話番号、メールアドレスを載せた1ページだけで、見学の案内はありません(2026年10月4日時点)。見学を受け付けているかどうかは確認できませんでした。

モンフォルテ・ダルバとセッラルンガ・ダルバは、どちらもアルバの街の南、ランゲの丘の上にある村です。訪ねるなら、前もって生産者に直接問い合わせてください。