フェッラーリのワイン一覧

4,048円
フェッラーリ(Ferrari) / 販売: うきうきワインの玉手箱

4,158円
フェッラーリ(Ferrari) / 販売: うきうきワインの玉手箱

8,492円
フェッラーリ(Ferrari) / 販売: トスカニー イタリアワイン専門店

ジュリオ・フェッラーリ・リゼルヴァ・デル・フォンダトーレ 2010
33,000円
フェッラーリ(Ferrari) / 販売: 酒類の総合専門店 フェリシティー
フェッラーリとは?
フェッラーリ(Ferrari)は、北イタリアの山あいの町トレント(Trento)で、スパークリングワインをつくっている会社です。ぶどうから一度ワインをつくり、それを瓶に詰めてもう一度発酵させ、瓶の中で泡を生む「メトド・クラシコ(metodo classico)」という造り方で、シャンパーニュや、ロンバルディアのフランチャコルタと同じやり方です。
綴りは同じでも、自動車のフェラーリとは別の会社で、創業者も別の人物です。日本の販売店では、車と区別して「フェッラーリ」と書かれることが多く、「フェラーリ」と添えている店もあります。もっとも名前の縁はあるようで、公式サイトによれば、2021年から2024年まではF1の表彰台で開けられる公式の乾杯酒を務めていました。
始めたのはジュリオ・フェッラーリ(Giulio Ferrari)で、1902年のことです。この家の歩みでいちばん大きな出来事は、子どものいなかったジュリオが1952年、跡継ぎにトレントの町でワインの店を営むブルーノ・ルネッリ(Bruno Lunelli)を選んだことでした。それから70年あまり、蔵はルネッリ家が受け継いでいます。
畑のある土地
トレントは、アルプスから南へ流れるアディジェ川(Adige)の谷にある町です。生産規定によれば、この県は土地のほとんどが山で、平らな谷底は1割ほどしかありません。フェッラーリの本社と蔵は、町の中心から南へ離れたラヴィーナ(Ravina)という地区にあり、背後にはボンドーネ山(Monte Bondone)がそびえています。

この地方の泡は、「トレント(Trento)」というDOC(統制原産地呼称)を名乗ります。1993年に認められた呼称で、生産規定は、瓶の中で発酵させてつくる泡だけのために設けられたイタリアで最初の呼称だと記しています。対象は県内の74の町村にまたがり、畑は斜面を中心に標高800メートルほどまで上ります。生産者たちは「トレントドック(Trentodoc)」という名前でまとめて売り出しています。
使えるぶどうは、シャルドネ(Chardonnay)、ピノ・ビアンコ(Pinot Bianco)、ピノ・ネロ(Pinot Nero)、ムニエ(Meunier)の4つです。畑の仕立てには、昔からのペルゴラ(pergola)も認められています。ぶどうの木を高く仕立て、頭の上に葉の屋根を広げるやり方です。

フェッラーリは、山の畑で昼は暖かく夜は冷えることが、ぶどうの香りを豊かにすると説明しています。ぶどうは132ヘクタールの自社畑と、600軒あまりの契約農家から集めています。
歩み
ジュリオ・フェッラーリは1879年、トレントの東の湖畔の村カルチェラーニカ(Calceranica)に生まれました。当時のトレントはオーストリア=ハンガリー帝国の一部です。イタリア語版の伝記によれば、地元の農業学校で学んだあと、フランスのモンペリエ、ドイツのガイゼンハイムでぶどうとワインを学び、シャンパーニュ地方のエペルネ(Épernay)の蔵でも働きました。帰るときには、シャルドネをはじめとするフランスのぶどうの苗を持ち帰っています。
1902年に泡づくりを始め、最初のころは「シャンパーニュ」の名で売っていました。同じ伝記は、量を年に2,000本ほどに抑え、売る相手まで選んでいたと書いています。
1943年、トレントが空襲を受けると、ジュリオは町なかの蔵の入口をレンガでふさいで故郷へ逃れました。戦争が終わって壁を開けると、閉じこめられていた泡は年月を経て深みを増していました。公式サイトは、これが最初のリゼルヴァ(長く寝かせた泡)になったとしています。
年を取ったジュリオには、子どもがいませんでした。いくつかの申し出のなかから、1952年に選んだのが、戦前から自分の泡を店で扱っていたワイン商のブルーノ・ルネッリです。ブルーノは5人の子の父で、泡づくりの経験はありませんでした。公式サイトによれば、大きな借金をして会社を買い、当時の生産は年に9,000本だったといいます。伝記によれば、ジュリオはそのあとも泡づくりを見守る役として蔵に残り、1965年に亡くなりました。

ブルーノの息子たちの代にも、隠された瓶の話があります。1972年、息子のマウロ(Mauro)は、マーゾ・ピアニッツァ(Maso Pianizza)という畑のぶどうでつくった5,000本を、人目につかないところで寝かせました。8年後の1980年、それが創業者の名を付けた「ジュリオ・フェッラーリ」の最初の1本として世に出ます。
2011年には3代目のマッテオ・ルネッリ(Matteo Lunelli)が社長になり、いまはいとこたちとともに会社を率いています。
代表的なワイン
フェッラーリ・ブリュット(Ferrari Brut)は、この家の基本の1本です。トレントDOCで、山の畑のシャルドネだけを使い、瓶の中で20か月以上寝かせてから出します。公式サイトは、このワインの最初の年を1902年としています。生産規定は、トレントの泡を、細かい泡が長く続き、色は黄色、香りには酵母のほのかな香りがあり、味は生き生きとして調和がとれていると描いています。
ロゼ(Rosé)は、ピノ・ネロからつくったワインとシャルドネを合わせた泡です。ペルレ(Perlé)は、収穫の年をラベルに入れたシャルドネの泡です。
長く寝かせる上級の泡には、ルネッリ家の名を冠したリゼルヴァ・ルネッリ(Riserva Lunelli)と、創業者の名のジュリオ・フェッラーリ・リゼルヴァ・デル・フォンダトーレ(Giulio Ferrari Riserva del Fondatore)があります。リゼルヴァ・ルネッリはシャルドネを大きなオークの樽で発酵させる、この家でただ1本の泡で、ブルーノの時代のやり方だと公式サイトは説明しています。ジュリオ・フェッラーリもシャルドネだけでつくり、マウロが隠した1972年が最初の年です。
調査時点(2026年10月6日)に楽天市場で確認できた750ミリリットルの価格は、ブリュットが4,000円から5,000円ほど、ペルレの2019年が8,500円ほど、ジュリオ・フェッラーリの2010年が3万3,000円から3万8,000円ほどでした。
訪ねるには
蔵の見学は予約制です。公式サイトには、試飲の内容が違う5つのツアーが載っていて、1人35ユーロから250ユーロまででした(2026年10月6日時点)。申し込みはサイトのフォームから希望の日と、午前か午後かを選んで送ります。案内の言葉はイタリア語、ドイツ語、英語から選べます。
蔵の住所はトレントのラヴィーナ地区、ポンテ・ディ・ラヴィーナ通り15番です。近くの丘には、ルネッリ家が手を入れた16世紀の邸宅ヴィラ・マルゴン(Villa Margon)と、一家のレストラン、ロカンダ・マルゴン(Locanda Margon)があります。条件は変わるため、訪ねる前に公式サイトで確認してください。
