Vino Storia

ワインのお話

グイド・ベルルッキ

グイド・ベルルッキとは?

グイド・ベルルッキ(Guido Berlucchi)は、イタリア北部のロンバルディア州、イセオ湖(Lago d’Iseo)の南の丘でつくられる泡のワイン、フランチャコルタ(Franciacorta)の生産者です。ラベルには「Berlucchi」とだけ書かれています。拠点はコルテ・フランカ(Corte Franca)の町のボルゴナート(Borgonato)という小さな集落で、16世紀に建てられた貴族の館と、その隣の古い地下蔵が会社の中心にあります。

この生産者の始まりは、館の主人が持ちかけた相談でした。1950年代、伯爵グイド・ベルルッキは自分の畑のぶどうで白ワインをつくっていましたが、そのワインはあまり安定しませんでした。相談に呼ばれた若い醸造家フランコ・ジリアーニ(Franco Ziliani)は、質問に答えたあと、帰りぎわにこう切り出したと書き残しています。

では、フランス人のやり方で、泡のワインもつくってみてはどうでしょう?

——フランコ・ジリアーニの回想(公式サイト)

フランス人のやり方とは、シャンパーニュと同じく、瓶の中でワインに二度目の発酵をさせて泡を閉じこめる造り方のことです。この提案が受け入れられ、館での泡のワインづくりが始まりました。


畑のある土地

フランチャコルタは、イセオ湖の南岸からブレーシャ(Brescia)の街のあたりまで広がる丘の連なりです。公式サイトは、氷河が運んだ土砂でできた土(モレーン)と、湖のおかげで穏やかになる気候、そして北のヴァル・カモニカ(Val Camonica)の谷から吹き下ろす涼しい風が、この土地をぶどうに向いた場所にしていると説明しています。

冬枯れのぶどう畑の向こうに、木立と建物の並ぶ小さな集落と山があり、空に虹がかかっている
ボルゴナートの集落と、冬の終わりのぶどう畑(2013年3月)federicoiseo / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

館の名はパラッツォ・ラーナ(Palazzo Lana)です。グイド・ベルルッキの祖先にあたる貴族ラーナ・デ・テルツィ(Lana de’ Terzi)家が、16世紀に中世の建物の上に建て、17世紀にいまの姿になりました。地下蔵は1680年のもので、深さ10メートルまで掘り下げられています。公式サイトによれば、最初のフランチャコルタの瓶もここに保管されています。

館にいちばん近い区画は「ブローロ(Brolo)」と呼ばれています。北イタリアやトスカーナで、塀に囲まれた畑や果樹園を指した古い言葉です。館から目が届くので、昔から果樹などの大事な作物が植えられてきたといい、いまはピノ・ネロ(Pinot nero)という黒ぶどうを育てています。自社の畑は有機栽培の認証を受けています。

夏のぶどう畑の列の向こうに、青くかすむ大きな山と、手前の山並みが見える
ボルゴナートから見たモンテ・グリエルモ(Monte Guglielmo)。手前にぶどう畑が広がる(2024年7月)Sistoiv / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

歩み

会社が設立されたのは1955年です。ベルルッキとジリアーニに、ベルルッキの友人ジョルジョ・ランチャーニ(Giorgio Lanciani)が加わりました。うまくいかない年が何度か続いたあと、1961年に「ピノ・ディ・フランチャコルタ(Pinot di Franciacorta)」の名で瓶に詰めたワインが、翌年に栓を開けてみると上出来だったと、公式サイトは書いています。

この年の本数は、資料によって少し違います。公式サイトとガンベロ・ロッソ(Gambero Rosso)の追悼記事は3,000本、ジリアーニの死を伝えたイタリアの新聞の多くは3,300本としています。ガンベロ・ロッソによれば、最初の瓶を見た館の執事は「これを飲み終えるには20年かかります」と言ったそうです。

フランチャコルタは1967年にDOC、1995年にDOCGとなりました。DOCとDOCGは、イタリアの原産地呼称で、産地や造り方を国の決まりで定めたものです。DOCになったころ、泡のワインをつくる会社は11社あり、生産量の8割あまりをベルルッキが占めていたとされます。

グイド・ベルルッキは2000年10月に亡くなりました。子どもがなく、持ち分をがん研究のための財団に遺し、それをのちにジリアーニの一家が買い取っています。ジリアーニは2021年のクリスマスの日に90歳で亡くなり、いまは3人の子ども、クリスティーナ(Cristina)、アルトゥーロ(Arturo)、パオロ(Paolo)が会社を率いています。


代表的なワイン

いずれもフランチャコルタDOCGです。

キュヴェ・インペリアーレ(Cuvée Imperiale)は、この生産者の名をもっとも広く知らせてきた銘柄で、公式サイトは「最初のフランチャコルタ」の流れをくむワインとしています。ブリュット(brut、辛口)は、白ぶどうのシャルドネ(Chardonnay)が9割、ピノ・ネロが1割で、瓶の中で澱(おり)とともに18か月以上ねかせます。色は淡い緑がかった麦わら色で、果物と花の香りに、酵母やパンの皮の香りがほのかに重なります。味わいはふくよかで、果実味とさわやかな酸がはっきりしています。

ベルルッキ ’61(Berlucchi ’61)は、最初のワインが生まれた1960年代を名前に込めた銘柄です。エクストラ・ブリュット(extra brut)はシャルドネ85%、ピノ・ネロ15%で、24か月以上ねかせます。シャルドネだけでつくるサテン(Satèn)は、瓶の中の圧力を低く抑えた、泡のやわらかいタイプです。

上の銘柄には、創業者の名を付けたリゼルヴァ(riserva、長く熟成させたもの)フランコ・ジリアーニと、館の名を付けたパラッツォ・ラーナがあります。2026年10月時点で公式サイトに載っていたフランコ・ジリアーニは2011年のぶどうで、シャルドネだけを10年あまり瓶の中でねかせ、糖分を加えずに仕上げています。


訪ねるには

見学はガイドつきのツアーで、公式サイトから申し込みます。調査時点(2026年10月4日)で、いちばん基本の「イ・クラッシチ(I Classici)」は、歴史ある地下蔵を見て2種類のワインを試飲する1時間半のコースで、1人33ユーロ、18歳以上が対象でした。館の売店は月曜から日曜まで開いていますが、祝日などに休みがあります。条件は変わるため、訪ねる前に公式サイトで確かめてください。

電車なら、ブレーシャからイセオ(Iseo)行きの普通列車でボルゴナート=アドロ(Borgonato-Adro)駅まで行き、そこから歩いて500メートルほどです。