Vino Storia

ワインのお話

サルデーニャ

低木と赤みがかった岩の丘の先に、青く澄んだ入り江が開け、ヨットが浮かんでいる。沖には切り立った岩山の島が横たわる
7月のカーポ・コーダ・カヴァッロ付近の海と、沖のタヴォラーラ島Benoît Prieur / CC0 1.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)
カリャリティレニア海地中海1 ヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラ1
名前になっている村 地域の名前の呼称。生産規定が挙げる村をまとめた範囲のなかほど 点が重なるところは少しずらし、元の位置へ線を引いています。 地図: Istat(CC BY 4.0・加工あり)
  1. ヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラ Vermentino di Gallura

どこにいても海が近い、風の島

地中海の西側のなかほどに浮かぶ、地中海で2番目に大きな島です。州都はカリアリ(Cagliari)です。生産規定によれば、島でいちばん内陸の地点でも海から50キロあまりしか離れていません。土地の半分以上は標高300メートルに満たないものの、山の形が険しく斜面が急なため、山がちな島とされています。夏は暑く、そのあいだは雨がほとんど降りません。一年を通して風が強く、いちばんよく吹くのはマエストラーレ(Maestrale)と呼ばれる風です。

ぶどう畑は島のあちこちにあります。北東部のガッルーラ(Gallura)は花崗岩の土地で、その上を粗い砂が覆い、海辺から標高500メートルまで畑が広がります。ヌーオロ県(Nuoro)とオリアストラ県(Ogliastra)は、黒ぶどうのカンノナウの赤ワインに「クラシコ(classico)」を添えて名乗れる土地です。

カンノナウの赤ワインと、ヴェルメンティーノの白ワイン

カンノナウ(Cannonau)は島でいちばん多く植えられている黒ぶどうで、生産規定は島のぶどう畑の24パーセント、ヌーオロ県では62パーセントを占めるとしています。島のどこでつくってもよいカンノナウ・ディ・サルデーニャ(Cannonau di Sardegna)の赤ワインは、ルビー色で、さくらんぼやスモモ、ギンバイカの実(mirto)などの果実に、胡椒のようなスパイスの香りが重なります。

白ぶどうの代表はヴェルメンティーノ(Vermentino)です。ガッルーラの23の市町村でヴェルメンティーノを95パーセント以上使ってつくる白ワインが、ヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラ(Vermentino di Gallura)です。色は緑がかった麦わら色で、香りははっきりしています。生産規定は、ガッルーラの遺跡で見つかった小さな壺に残るワインの跡などから、紀元前1400〜1200年ごろにはワインづくりが盛んだったとしています。

産地や品種、造り方の条件を満たしたワインだけが名乗れる名前を「原産地呼称」といい、そのうち条件のより厳しい区分をDOCGと呼びます。イタリア農業省の呼称一覧(2026年3月18日版)では、この州のDOCGはヴェルメンティーノ・ディ・ガッルーラのひとつだけで、DOCは17です。そのうち5つは島の全体を産地としています。産地をゆるやかに示す区分(IGT)は、同じ省の一覧(2026年5月13日版)で15あります。

西から来る雨と、島で育った言葉

百科事典のトレッカーニによれば、雨は西から来る低気圧が運び、11〜12月と2〜3月に多く降ります。降り方は季節ごとの偏りが大きく、年ごとの差も大きくなります。年の平均気温は、島の大半で15〜17度です。

青銅器時代には、島だけの石積みの塔ヌラーゲ(nuraghe)が築かれ、最もよく残る例として、スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ(Su Nuraxi di Barumini)が1997年に世界遺産になりました。1000年を過ぎたころ、島は四つの国(giudicato)に分かれ、14世紀からはアラゴン、のちにスペインが治めました。トレッカーニは、島の言葉の一部を、ラテン語から生まれた言葉のなかで独立した言語とみる説が成り立つほど、特徴が強いとしています。1948年、特別な自治を認める憲章が定められました。