Vino Storia

ワインのお話

バジリカータ

高台から見渡した、草のまばらな丘と深い谷が幾重にも重なる乾いた土地。谷底に緑の平地が細長く続き、空は青く晴れている
8月の夕方、マテーラ県のクラーコ近くに連なる丘と谷Antuang / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)
ポテンツァイオニア海ティレニア海1 アリアニコ・デル・ヴルトゥレ・スペリオーレ1
名前になっている村 地域の名前の呼称。生産規定が挙げる村をまとめた範囲のなかほど 点が重なるところは少しずらし、元の位置へ線を引いています。 地図: Istat(CC BY 4.0・加工あり)
  1. アリアニコ・デル・ヴルトゥレ・スペリオーレ Aglianico del Vulture Superiore

二つの海にはさまれた、山がちな土地

イタリア南部の州で、ティレニア海(Tirreno)とイオニア海(Ionio)の両方に海岸をもっています。イタリア政府の観光サイトによれば、土地の大半は山と丘で、まとまった平野はひとつしかなく、活動をやめた火山がひとつあります。古くはルカーニア(Lucania)と呼ばれました。州都のポテンツァ(Potenza)は標高800メートルあまりの高さにあり、冬は寒く、雪が降ります。

ワインの産地として知られるのは、州の北部にあるヴルトゥレ山(Vulture)の麓です。ヴルトゥレ山は標高1,300メートルあまりの火山で、いまは活動していません。生産規定によれば、ぶどう畑は標高200〜700メートルの、東から南東を向いた丘にあります。地下の凝灰岩が、雨のほとんど降らない夏に水をたくわえます。摘み取りは10月から11月にかけてで、雪が収穫を難しくすることもあるといいます。もうひとつの産地はイオニア海に向かって丘と海沿いの平地が広がるマテーラ県(Matera)で、生産規定はこのあたりを州でいちばん暑い地域と書いています。

火山の麓のアリアニコ

ヴルトゥレ山の麓で育つ黒ぶどうが、アリアニコ(Aglianico)です。アリアニコ・デル・ヴルトゥレ・スペリオーレ(Aglianico del Vulture Superiore)は、ヴルトゥレ山の麓の15の町村でアリアニコだけからつくる赤ワインです。色は濃いルビー色で、熟成するとガーネット色に近づきます。味は辛口で、ほどよい渋みがあります。木の樽で12か月以上、瓶で12か月以上寝かせる決まりで、収穫の3年後の11月1日まで売り出せません。

メルフィ(Melfi)やリオネーロ(Rionero in Vulture)、バリーレ(Barile)では、ワインの貯蔵庫をほら穴や地下の空洞に設けてきました。生産規定によれば、メルフィにはそうしたほら穴が数百あり、1589年の目録には110が記録されています。

産地や品種、造り方の条件を満たしたワインだけが名乗れる名前を「原産地呼称」といい、そのうち条件のより厳しい区分をDOCGと呼びます。イタリア農業省の呼称一覧(2026年3月18日版)では、この州のDOCGはアリアニコ・デル・ヴルトゥレ・スペリオーレのひとつだけで、DOCは4つです。産地をゆるやかに示す区分(IGT)は、州の名前をとった「バジリカータ」のひとつです。

雨の西と暑い東、名前に残るビザンティン

百科事典のトレッカーニによれば、ティレニア海に面した西側は雨が多く、マラテーア(Maratea)の背後では雨が年に2,500ミリを超えます。内陸とイオニア海沿いは夏がとても暑く、夏と冬の気温の差が大きくなります。イタリア政府の観光サイトによれば、ポッリーノ(Pollino)の山々は11月から5月まで雪をかぶります。

同じ百科事典によれば、州の名前は、11世紀にルカーニアの一部を治めていたビザンティンの役人(basilikos)から来たとみられ、1175年の文書に初めて出てきます。ルカーニアという古い名は、1932年12月から憲法で元に戻るまで、州の正式な名前でした。ヴルトゥレとポッリーノには、アルバニア系の人びとの共同体があります。マテーラの旧市街サッシ(Sassi)と岩窟教会の公園は、1993年に世界遺産に登録されました。