Vino Storia

ワインのお話

大阪 / 柏原

カタシモワイナリー

Katashimo Winery

大阪の東の山すそで、ぶどう農家の二代目が、日本酒や味噌の造り方を手がかりにワインを造りはじめました。

  • 見学 予約制
  • 試飲あり
  • ショップ
瓦屋根の黒い板塀の建物に「カタシモワイナリー」の看板が掛かり、入口の前に木の樽と松の木がある
写真: Popbeans / CC0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

見学・予約

見学
予約制・有料の見学会(月1回ほど
内容
ぶどう畑、太平寺の古い町並み、ワイナリー(国の登録有形文化財の貯蔵庫)を歩いて回り、試飲をする見学会。ランチ付きの回は地元シェフのランチボックスと5種類の試飲
日時
見学会は月1回ほど、公式サイトの「イベント情報」で日程を告知(2026年10月30日(金)、12月19日(土)、2027年1月24日(日)の各10時)
地元ガイドツアーはリクエスト式で日程を相談
所要時間
見学会 約2時間〜2時間半
定員
見学会 24名程度(10名に満たない回は中止)
料金
ランチ付き見学会 7,700円(2027年1月24日の回。12月19日の特別回は9,900円、10月30日の秋の見学会は6,800円)/地元ガイドツアー 1〜4名の1グループ12,000円、5人目から1名3,000円
申し込み
このページのフォームから。Vino Storia がワイナリーに確かめて、2営業日以内にご連絡します(手数料なし)
見学を申し込む

営業案内

営業時間
直売所 平日10時〜18時、土曜・日曜・祝日10時〜17時
定休日
直売所 年末年始のみ
試飲
直売所で、おすすめワイン3種類の試飲セット
ショップ
あり(カタシモワイナリー直売所。太平寺2丁目10番5号)

試飲をするなら、運転しない人と一緒に行くか電車を使ってください。運転する人には見学会でもお酒が出ません。
畑は山の斜面にあり、坂道や階段があります。車いす・ベビーカーでは参加できません。
ランチ付き見学会は子ども連れ不可(16歳以上は20歳以上の保護者同伴で参加でき、お酒は出ません)。地元ガイドツアーは日本語を話す人が対象で、英語のツアーは別に用意されています。 情報は2026年10月27日時点で公式サイトなどから確かめたものです。条件は変わるため、お出かけの前に公式サイトでご確認ください。

アクセス

住所
大阪府柏原市太平寺2丁目9番14号
電車で
近鉄大阪線 安堂駅から徒歩約7分
駐車場
あり(公式サイトに地図。台数の記載なし)

見学の申し込み

このフォームは予約の申し込みです。お申し込みを受けて、Vino Storia がカタシモワイナリーに空き状況を確かめ、2営業日以内にメールでご連絡します。そのご連絡をもって予約の確定となります。

お申し込みの手数料はかかりません。見学の料金がある場合は、ワイナリーの定める額を当日お支払いください。ご希望日は、今日から3日後以降の日をお選びください。

見学の日時: 見学会は月1回ほど、公式サイトの「イベント情報」で日程を告知(2026年10月30日(金)、12月19日(土)、2027年1月24日(日)の各10時) 地元ガイドツアーはリクエスト式で日程を相談

定員: 見学会 24名程度(10名に満たない回は中止)

ワイナリーからの当日の連絡用

ワイナリーの話

カタシモワイナリーとは?

カタシモワイナリー(Katashimo Winery)は、大阪府柏原市(かしわらし)の太平寺(たいへいじ)にあるワイナリーです。会社はカタシモワインフード株式会社で、自らを「現存する西日本最古のワイナリー」と紹介しています。

明治のはじめ、高井利三郎が河内堅下村(かわちかたしもむら)の南向きの斜面を切り開いてぶどう畑にしました。二代目の作次郎は、海外にはぶどうから造るお酒があると知り、自分の畑のぶどうでも造ろうと決めます。けれども海外の製法は知りません。そこで日本酒の蔵元や杜氏(とうじ)と一緒に、日本酒や味噌、酢を造る技を応用して、独自のやり方でワインにしたと公式サイトは書いています。会社がいまも掲げる「日本人の味覚に合うワイン」という言葉は、この始まりから来ています。

屋根の下に横倒しで置かれた二つの大きな木の樽。鏡板に「カタシモ」の文字がある
「カタシモ」の文字が入った、古い大きな木樽(2023年11月)Popbeans / CC0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)

大阪平野を見下ろす斜面

畑があるのは、大阪平野の東の端の山の斜面です。見学会の案内には、天気がよければ大阪の市街地を見下ろしながら乾杯する、とあります。

大阪はかつて大きなぶどうの産地でした。会社は「かつて日本一の産地だった大阪のぶどう畑」と書き、年表には、明治の終わりに畑を8ヘクタールまで広げたことが記されています。一方で、1934年の室戸台風では畑の65%が倒れたといいます。戦後もしばらく苦しい時期が続き、年表によれば、大阪府に119軒あったぶどう酒の醸造所は、1955年ごろまでに4社にまで減りました。

畑は基本的に棚で育てています。頭の上に棚を張り、その下に房を下げるやり方で、公式サイトは大阪の気候に合う理由を、真夏の強い日差しを避けられることと、棚の下を風が四方に抜けることに求めています。自社の畑では除草剤を使わず、農薬を一般的な量の3分の1以下に抑え、肥料もぶどうの搾りかすなど有機のものを中心にしています。こうして育てたぶどうは、大阪府のエコ農産物の認証を受けています。

ワイナリーの前の土地には、およそ1300年前に「智識寺(ちしきじ)」という大きな寺があったと会社は紹介しています。その寺の屋根の飾り「鴟尾(しび)」にぶどうの模様があり、仏教とともにぶどうもシルクロードを渡ってきたのでは、とも言われている、という言い伝えです。


歩み

創業の年は、資料によって少しずつ違います。会社案内は「大正元年」(1912年)に作次郎がワインの醸造に成功したと書き、年表は1914年5月に前身の「カタシモ洋酒醸造所」を設けたとしています。英語のページは、1914年に最初のワインができ、1917年に出荷できるようになったと説明し、年表では販売を始めたのは1920年です。

1923年の関東大震災では、東京の大きな取引先が倒れました。会社は柏原駅前の工場を手放し、中古の建物を買い取っていまの太平寺へ移しています。1936年には、醸造学者の坂口謹一郎がこのワイナリーでワイン用の酵母を見つけ、それが醸造協会の「ブドウ酒用1号」になったと年表は伝えています。会社はこれを「日本初のワイン用酵母」と呼んでいます。

1968年に株式会社になり、1976年には松竹の劇作家・土井行夫が訪ねてきました。大阪のワインの歴史を題材に書かれた芝居「河内ワイン」が1978年に道頓堀の中座で上演され、それに合わせて同じ名前のワインを売り出したのが、「河内ワイン」という呼び名の始まりだと会社は説明しています。いまは羽曳野市のワイナリーにも「河内」の名の付くワインがあり、区別しやすいよう「カタシモ河内ワイン」と書き分けていくそうです。

2005年にはワインの貯蔵庫が国の登録有形文化財になり、2010年には会社に残っていた古い醸造の道具35点が柏原市の有形民俗文化財に指定されました。道具は貯蔵庫の2階に並べられ、ミュージアムとして見学会でも案内されます。2001年からは、ぶどうの皮を発酵させて蒸留したブランデーも造っています。


代表的なワイン

堅下本葡萄 合名山南西畑(かたしもほんぶどう ごうみょうやまなんせいばたけ)は、自社の畑で減農薬で育てた、樹齢30年を超える「堅下本葡萄」だけで造る辛口の白ワインです。洋梨のような果実味に、ほのかな苦みと爽やかな酸が続くとされています。いまの商品ページは品種の名前を出していませんが、会社の年表の2005年の項には「河内ワイン 堅下甲州ぶどう」という商品名が見えます。

たこシャンは、瓶の中で二度目の発酵をさせて泡を生む、王冠栓のスパークリングワインです。白い花を思わせる爽やかな香りに、しっかりしたコクのある中口とされています。商品ページに品種の記載はありませんが、添えられた開発の記録の題には「デラウェアなんかで本格スパークリングワイン?」とあります。2024年には「日本ネーミング大賞」の地域ソウルブランド部門で優秀賞を受けました。

大阪デラウェアは、大阪の名産として知られるデラウェアだけで造った辛口の白ワインです。白い花のような香りと、さわやかな酸が特徴とされています。

調査時点(2026年10月27日)の公式通販の税込価格は、大阪デラウェア(720ミリリットル)が2,420円、たこシャン(750ミリリットル)が2,750円、堅下本葡萄 合名山南西畑(720ミリリットル)が3,630円でした。

基本情報

創業
1914年(高井作次郎がワインの醸造に成功し、前身のカタシモ洋酒醸造所を設けた年。公式の年表による)
人物
高井作次郎(創業者)
高井利洋(代表。ぶどうづくり四代目)
代表的なワイン
堅下本葡萄 合名山南西畑 / たこシャン / 大阪デラウェア
公式サイト
kashiwara-wine.com

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