Vino Storia

ワインのお話

ウンブリア

手前に青い花の咲く野原が広がり、その先に黄緑の草地と帯状の畑、なだらかな草の斜面が続く。奥に岩肌の見える山がそびえ、空には白い雲が浮かぶ
カステッルッチョ(ノルチャ)の展望台から見た、7月の高原と山Dick Pountain / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons(長辺1280pxに縮小)
ペルージャ1 モンテファルコ・サグランティーノ12 トルジャーノ・ロッソ・リゼルヴァ2
名前になっている村 地域の名前の呼称。生産規定が挙げる村をまとめた範囲のなかほど 点が重なるところは少しずらし、元の位置へ線を引いています。 地図: Istat(CC BY 4.0・加工あり)
  1. モンテファルコ・サグランティーノ Montefalco Sagrantino
  2. トルジャーノ・ロッソ・リゼルヴァ Torgiano Rosso Riserva

海のない、緑の州

イタリア中部の州で、トスカーナ、マルケ、ラツィオの3州に囲まれ、海には面していません。州の土地の半分あまりが山、4割ほどが丘で、平らな土地の多くは盆地や川の谷の底です。州のほぼ全体がテヴェレ川(Tevere)の流域で、川は州を北から南へ貫いています。イタリア中部でいちばん大きな湖、トラジメーノ湖(Trasimeno)もこの州にあります。州都はペルージャ(Perugia)です。ウンブリアの決まりの文書は、この州が「イタリアの緑の心臓」と呼ばれるのは森や高地の牧草地のためで、丘の中腹を「くしけずる」ように並ぶぶどう畑もそれに加わっている、と書いています。

よく知られた産地は丘の上の町のまわりにあります。州の中ほどのモンテファルコ(Montefalco)では、ぶどう畑が標高200メートルあまりから500メートル足らずのなだらかな丘に広がり、高い丘の上には中世からの村があります。南西のオルヴィエート(Orvieto)は凝灰岩の崖の上の町で、決まりの文書によれば、エトルリア人がこの岩を掘って、ぶどうを踏む階、発酵させる階、熟成させる階を上下に重ねた酒蔵をつくったと考えられています。

祝いの日の甘口から、辛口の赤ワインへ

サグランティーノ(Sagrantino)はモンテファルコの黒ぶどうで、ワインにこの品種名を名乗れるのはモンテファルコ・サグランティーノ(Montefalco Sagrantino)だけです。決まりの文書によれば、かつてこのぶどうからは、実を葦の棚でクリスマスまで干して甘口ワインがつくられ、復活祭やクリスマスの食卓のために家でとっておかれました。辛口に仕上げた記録が初めて出てくるのは1925年で、売り出されるようになったのは1970年代のはじめからです。白ワインではオルヴィエートが知られ、トレッビアーノ・トスカーノ(Trebbiano toscano)とグレケット(Grechetto)を合わせて6割以上使います。

産地や品種、造り方の条件を満たしたワインだけが名乗れる名前を「原産地呼称」といい、そのうち条件のより厳しい区分をDOCGと呼びます。農業省の2026年3月の一覧では、この州のDOCGはモンテファルコ・サグランティーノと、サンジョヴェーゼ(Sangiovese)を7割以上使う赤ワインのトルジャーノ・ロッソ・リゼルヴァ(Torgiano Rosso Riserva)の2つです。DOCは、ラツィオ州にまたがるオルヴィエートを含めて13あります。産地をゆるやかに示す区分(IGT)は、2026年5月の省の一覧で6つです。

海から遠い丘の季節と、中世の町々

Treccaniの百科事典によれば、海から離れていることと地形のために、気候は大陸に近い性格を帯びています。冬は湿っていて寒さはそれほど厳しくなく、夏は暑く、乾きがちです。雨は東の山で多く、年に1,000ミリを超えます。

中世には州の多くがランゴバルドのスポレート(Spoleto)公国に入り、やがて町ごとに自治都市(comune)が育ちました。フランチェスコ会の運動が起こったのもこの時代です。1540年に教皇がペルージャを従えてからは、ウンブリアは教皇領の一部となりました。手仕事では陶器づくりが大きな位置を占め、デルータ(Deruta)やグッビオ(Gubbio)、オルヴィエートなどが主な産地です。